これは老女の備忘録として書いています。
う~ん、すっきりしました。
三婆との旅関連G LINEからめでたく離脱できました。
一人は、十分そのわけが分かっているにもかかわらず、慣れないメールのやり取りで煩わせてしまったと言ってきました。もう一人は、またいつか旅行をしたいといってきました。うん、多分もうないでしょう。
でも、楽しかったね。いい思い出です。
旅の記憶はいいところだけ掬い上げて、もっともっときれいに磨き上げ、大切にとっておきたいとおもっています。
昨日、買い物帰り、ゆっくり空や周りに咲く秋バラなんかを見ていたら、斜め向かいから視線を感じました。目を上げると、なんか若い男がじっとこっちを見ているのです。なに、この男?って感じで怪訝そうに見返すと、向こうもじっと見つめてきました。それから、私が弱った視力で注視すると、なんと!息子じゃありませんか。そばによって「あら、誰かと思ったわ。変な男が見ているなって思って。」と言うと、息子は少し戸惑いながら苦笑していましたね。
「クリスマスどうする?」と聞くと「う~ん、考えとくよ」と言って、じゃあねと手をあげて行ってしまいました。
いつも、こんなやり取りですが、今回ばかりは考えましたね。すれちがう自分の子供を見定められないということは動物の世界ではよくあるんでしょうかね?
サバンナでピューマが単独行動していたとして、1,2年前に親離れ、子離れした親子が出合った時、すぐに親子だと相互が気付くものなんでしょうかね?
とにかく、とっくに息子は気づいていて、ふらふら歩いているお袋だなぁぐらいに思っていたのかもしれませんが、私は気が付きませんでした。そして、自分の息子ではなく、一人の若者を見返していたのです。胡散臭げに見つめられた息子は予想外の母親の反応に驚いていたのかもしれません。
とにかく、これはよかったです。自分の息子と言う先入観なく一人の若い男として息子のことを客観的に見ることができたと思います。
それで、どうかって?
私の偽らざる感想は、イケてない男でした。残念!
まあ、彼の嫁にはイケているんでしょうから、言うこともないです。笑
元夫と来週末、彼の冬の衣類を買いにいくつもりです。
娘はそんなことする必要ないと言うのですが、放っておくと、真冬でも裸足でスニーカー穿きそうな御仁ですからね。
お正月には家族集合の新年会があり春にはまた孫が誕生するわけで、お宮参りもあるでしょう。ですから、今のうちに揃えなければならないと思っているのです。別れた夫ですから、こんなことする必要はないと言えばその通りですけれど、そうもいかないのが家族という名がつく最小単位の社会的集合なんです。
法律上は切れても、その縁は死ぬまで続くんですね。うちの場合は・・・
なぜか?つまり、それは私が子供達の父親として彼を扱っているからです。
そして、子供達が父親を迷惑だと思っても、愛情や敬意を忘れてほしくないからなんです。これは、私の中の家族像としてどうしても維持し続けたい関係です。
自分でもわからないんですが、やっぱり私は理想を追い求めているんでしょうかねえ?