雑感 of 蒜山の旅 | 地球温暖化推進委員会

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 ZZRオーナーズ倶楽部イベント参加の為に清水の舞台から飛び降りる覚悟で超長距離ゲシュタムジャンプを老体に鞭を打って行った。イヤハヤ・・・。やれば出来る子だって言う事を証明してしまったのか、21世紀の奇跡を生んだのかそれは後世の人の判断に委ねるとして。信号機が全くない道路を走りながら思った事を忘れないうちにいくつか書き残したい。

 今回場合によっては我がZZRの余命を縮める事も十二分に覚悟していた。これがお互い最後の旅になるかも知れぬ。本州に渡る直前のめかりPAでの記念撮影後、運転しながら自分の行為に泣けてきた。ZZRのメーカーのカワサキ本社は兵庫県辺りにあると聞く。ZZRにとっては17年ぶりの本州の土なのだ。さぞかし懐かしかっただろう。シートの上でウルウル漢泣きしてしまった。

 美東SAにて少し長い休憩をフードコートで取っていたら、幼稚園くらいの男の子が”ライダー!!”と笑顔で叫びながら近寄ってきて小さな手で私の顔の頬を触りに来た。テーブルに置いたヘルメットを見てバイク乗りだと思ったらしい。非常に好意的な雰囲気であったので小さな手に頬を握らせてやった。走り去る男の子の背を見ながらもし孫でもいたらこんな感じなのかとも思った。しなびた中年ライダーがそんなに面白かったのかどうかは解らない。

 中国道三次JTCから松江道に入り、奥出雲の山並みを眺める。大陸プレートの圧力で生じた山脈のフォルムは九州のそれと較べるとシャープで美しい。夕方になり、気温も落ちてきてトンネルに突入すると鍾乳洞状態で寒い。目的地の米子市は海岸線にある。眼前の連なる山を見て”一体いくつ山を越せば日本海なんだよ!”と考えるもまあ急ぐ旅でなし・・。面白そうな道の駅があったので次来る時はゆっくり寄り道したいものだ。

 宍道JCTから米子方向に走行中、左手に宍道湖が見えた。25年ぶりに見る宍道湖は薄い霞の向こうに夕日に照らされていた。まさに神のおわす土地、出雲の国である。ヘルメットの中で思わず感嘆の声と共に涙が出てしまった。神々しい美しさとはこの事よ。自分が日本人で良かったと思う一瞬であった。

 倶楽部イベント当日、集合時間の30分前に現着した。誰もいなくて一瞬集合場所を間違えたかと思ったがカワサキバイクマガジンの記者に話しかけられ、間違っていないと解る。誰も来ないので記者と少し話す事ができた。この時期この辺りは各種バイクのオーナーズ倶楽部のミーティングが多いらしい。来週もまた蒜山に来ると言う。そう言えばビッグバイクが多いこと・・・。蒜山IC横の道の駅でインナーを着ようとしていたらハヤブサの一団に囲まれた。ヘルメットを脱ぐと私より少し年上のヲヂサマ達で会話の内容はかなりぶっ飛んでいた。バブル期の我々は幸せな世代なのだな。
ちなみに私のZZRが会場で一番古く、走行距離11万キロを越す車体は無かった。つまり新人が一番の年寄りであったのだ。

 倶楽部イベント終了後、12名で地元グルメの蒜山焼きそばを目的でお店を目指すも方角を間違いミスコースをする。往路で600km以上を単独で走ってきていたので倶楽部メンバーとパレード出来てそれはそれで良かった。観光地で見かける観光バスの団体さんはいまいちな雰囲気だが、バイクのマスツーパレードの中にいると結構気持ちいい。

 散会後、九州支部長と二人で復路を走った。中国道の山中でスコールに遭う。天気予報で降水確率0%であったが標高の高い山中では関係ない。雨がメッシュジャケットを貫通して下着まで浸水したが、下関辺りで乾いてしまった。やはりバイク乗りには雨具は必須アイテムである。ちなみにPAで合羽を着て走り始めたら雨は止んでいた。困った事に一時的にウインカーが機能を喪失したが、正常に戻った。年寄りの気まぐれらしいが既に部品手配済みである。

 一事は処分も考えたZZRであったが、まだまだお楽しみは残っている。今しばらくは付き合ってもらう事にしよう。