世の中的には「バッティングは水もの」といわれるけど、ならば一体どの辺がそうなのだろう。社交辞令的な部分もあるのだろうが、案外本当に思っている人も少なくないのでは。
でも精度を競うバッティングを僕はそうは考えない。不調はいろいろな部分の“ずれ”だと思うし、もっとクールな問題だろう。心と筋肉、視神経と心、いろいろなパーツが対角線や辺などで繋がっていて、それがずれる。それを感覚で調整して行くのがバッティングであり、スポーツだろう。ミリ単位の調整を体でするのだから感覚は匠あるいは芸術的といってもいいだろう。フォーム、マッスル、マインド スポーツピジョン、それらは毎日トレーニングされ、そして落ちていく。つまり流動的であるということ。また二つあるいは複数の悪癖が相殺しあって良い結果を生むこともある。すべては流動的に動かなくては、動かさなくてはならないということ。その調整に心血注ぐのがバッティングでしょう。昨日の120%の力は明日には80%になる。それが生きている証拠なのだから。
自然体のつくり方―レスポンスする身体へ/斎藤 孝

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直接野球とは関係ないが体の構造をレスポンスという視点から考察しているから結果、当然野球にも通ずるものがたくさんある。それにしても日本人の姿勢はなぜこんなに悪くなってしまったのだろう。自然体とは決して休んだ楽な姿勢ではないのだ。
悲しいくらい騙されてしまう指導者の意味不明なスローガン『美しい日本』
本質的なものを掘り下げられない浅学。このスローガンは
『美しい日本人』でなければ何の意味もない。
美しさの本質を求めない道など「たどり着くところはいつも雨降り」なのだ。
そこを求めれば価値観が変わる。生き方が変わる。幸福感が変わる。
そうすれば人がなぜ生まれ、どこへ行くのかがきっとわかるんじゃないのかな。
『美しいものには真実がある』
これぞ座右の銘
でも精度を競うバッティングを僕はそうは考えない。不調はいろいろな部分の“ずれ”だと思うし、もっとクールな問題だろう。心と筋肉、視神経と心、いろいろなパーツが対角線や辺などで繋がっていて、それがずれる。それを感覚で調整して行くのがバッティングであり、スポーツだろう。ミリ単位の調整を体でするのだから感覚は匠あるいは芸術的といってもいいだろう。フォーム、マッスル、マインド スポーツピジョン、それらは毎日トレーニングされ、そして落ちていく。つまり流動的であるということ。また二つあるいは複数の悪癖が相殺しあって良い結果を生むこともある。すべては流動的に動かなくては、動かさなくてはならないということ。その調整に心血注ぐのがバッティングでしょう。昨日の120%の力は明日には80%になる。それが生きている証拠なのだから。
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これぞ座右の銘