昨日の地震におきまして
被害に遭われた方、
ケガをされた方、
亡くなられてしまった方、
不便な生活を送られている方、
大きな余震がくるかもと不安の中生活されている方、
すべての方にお見舞い申し上げます。
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絵本事情
娘の反応→どこ吹く風
何も無かった事にされて見向きもされない。
やや悲しい。
こちらも娘は無反応。
またもや、やや悲しい結果となった。
娘のツボが見つけられない。
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脱・哺乳瓶運動
やっと哺乳瓶をやめる取り組みに本腰を入れ始めた。
日曜からはじめたのだが、
まぁ前途は多難。
覚悟はしていたけど、すでに『やっぱりもう少し先で良いかな…』なんて甘えたこと考えはじめている。
夜寝る前ミルクを飲むのだけど
これが初日あっさりやめられた。
しかし、夜が明けてみて朝。
哺乳瓶よこせ!と泣き叫ばれる。
朝の離乳食全く食べない。
水分もとらない。
お昼も泣いてる。
水分全くとらない。
考えてみたら、寝る前も水分とってない。
お茶もストローマグのフォローアップミルクも拒否られたから。
ゆえに娘、一気に水分不足による便秘が加速。
娘は普段1日3回コースで便秘とは無縁。
そう言えば朝からまだ致していない。
きばってギャン泣き、またきばってはギャン泣き
反り返ってギャン泣き、ひっくり返ってギャン泣き
↑これが数時間続いた
私、頭おかしくなるんじゃないかと思った。
そして浣腸をする覚悟を決める。
娘も私も初浣腸。
薬注入したあと、娘は私にしがみついて泣く。
『お腹痛いね、もうすぐ楽になるから』
『がんばれ、がんばれ』
声をかけたが、かき消されるくらい娘は大声で泣く。
親って無力だな。
ただ娘の体をさすってときが来るのを待った。
数分後
そのときは来た。
しかし娘はさきほどの薬注入の不快感を覚えており、警戒してオムツ交換を拒む。
ひたすらギャン泣きが続く。
しばらく体をさすって落ち着かせようと頑張ったが、全く無意味。
ほどなく強制執行
力ずく。
大人ナメんなよってくらい力ずくで交換した。
そのあと5分くらいで娘は泣き疲れて寝た。
すると母からLINE
『法事にやっぱり弟来るって』
え…来るの?
私と弟はやや不仲で、
今回の法事も来なくて良いと母に言われたが、弟が来ないなら♪と、参加を決めた。
え…今さら来るとか冗談キツイんですけど
「甥っ子はいつ会っても風邪ひいてて
鼻たらしてるか、咳してるかだから正直言って娘と会わせたくない。」←酷い叔母
「今日も娘さっきまで大変だった」
私は叔母と言う立場を忘れ
ただ、一人の娘に戻って好き勝手述べた。
そして母に初浣腸の顛末を語った。
『そんなに焦って哺乳瓶やめなくても良いじゃない』
『ストレスで体調崩したりするのよ』
『1才3ヶ月ころまでに徐々にやめてけば?』
▄█▀█●{ 分かってるよ…
焦ってない。
充分遅いスタートだと思う。
1才すぎても哺乳瓶使ってたら普通に指導されるレベルなのでは?
でもどうしよう。
…面倒くせーからもうやめたい(ボソッ)
しかし今朝もめげずに脱・哺乳瓶
離乳食と同じで一度始めたら何か理由がない限り途中でやめちゃいけないんじゃないか。
やめてもまたふりだしに戻るだけで、またこの状況が巡ってくるだけ。
砂糖は入っていない(フルーツの糖分の事は承知の助)
娘を起こしてマグを渡すと125mlを10秒足らずで飲みきった。
母 ドン引き( •´д•` )エー
その後すぐ離乳食
*バターロール
*コンソメスープ
*ヨーグルト
コンソメはこれ
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普通のは添加物や塩分がどーたらって言うからこれを更に水でのばして薄味で。
和光堂のベビーフードのコンソメはダメだったけど、こっちは食い付き良い。
ヨーグルトは小岩井にした。

ダノン(プチの方)はどうも合わないらしく下痢する。
これとろとろでなめらかだから液体感覚で口に流し込めるし、酸っぱくない。
あと、東北人だから小岩井贔屓しちゃうよね。
とりあえず、日曜日から哺乳瓶を口にいれてない。
この習慣に慣れてくれるまでもう少し頑張ろう。
脱・哺乳瓶に手いっぱいで
コップ飲みの練習は休止中。
器用な母になりたい( ´・_・`)
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散歩
娘と手を繋いで散歩した。
外を歩けたのは昨日がはじめて。
今までは地面に立たせると固まっていた。
どうやら娘は慎重派のようだ。
車が来ない家の裏の農道。
大人の足で5分弱の道を30分かけて往復した。
ろくに舗装されていないガタボコ道だったけど
わりと上手に歩いた。
何度か膝ついたり転んだりしていたけど、あの道の悪い所を歩いたにしては上出来。
娘は嬉しそうに笑ってズンズン進んでいた。
これいつか私と手を繋がなくなって、さらにはもう一緒に散歩する事もなくなるんだよなー。
笑ってる娘の横顔を見ながらぼんやり思った。
去年は抱っこ紐で実家の近所を毎日散歩したことも娘は覚えてないんだよなー。
今日の事も娘は覚えてるハズないよなー。
なんか悲しくなって来た。
けども…
あれ?
う ふ ふ 🖤
思い出の独り占め。
共有出来る思い出も大切だけど、
独り占め出来る思い出も良いもんだわ。
『私だけのもの』
私には年子の弟がいる。
年子なのにいつまでも「お姉ちゃんでしょ」と言われ、自分の物は取り上げられて弟と共有させられた。
弟のものは「お姉ちゃんでしょ」と言われ貸してもらえなかった。
私のものは皆のもの。
弟のものは弟のもの。
だから自分だけのものに飢えている。
四十路も目前だと言うのに、飢え続けている。
娘の記憶には残らない毎日の記憶。
寂しさもあるけど『自分だけの』という枕詞がつくと途端にワクワクしてしまう。
三つ子の魂百までって本当だね。
ちなみに母も第一子の長女だったので私に「お姉ちゃんでしょ!」と言った事は一度もない。
祖母が凄かった。
母も祖母に『お姉ちゃんでしょ!』と言われて育ったので、自分は絶対に言わないと心に決めていたらしい。
母は毒親などではないと思う。
なんでも自由に選ばせてくれたし、常に一歩離れて見守るスタンスだった。
祖母が凄かった。
高校も市内の進学校に行かず、進学校と呼ぶには程遠い女子高に行くと決めたら連日連夜の話し合い。
女子高の生活科に行きたいと思っていたが『普通科に行くなら』としぶしぶ許可をもらった。
その進学校に行きたくなかったわけではない。
女子高に行きたかった。
男がいるから女子が揉める。
女子が揉める理由の半分は男絡みだし
異性の目を気にするから今で言う所のマウンティング合戦が始まる。
↑思春期の自分はこう考えていた。
あっちもこっちも揉め事ばかりの中学校生活にウンザリしてたんだろうと思う。
結果的に女子高は快適だった。
2年3年のクラスはいじめなど全くなく、ケンカはあったけど陰湿なものではなかったし、時間が経てば仲直りしていた。
何より自分で選んだ学校だったから好きだった。
とても楽しかった。
私も母のように娘から一歩離れたスタンスでやって行きたい。
↑思春期になったら





