先週 祖父が亡くなりました。


3月に誤嚥が原因で心停止してから
なんとか蘇生し、
意識が無いのに3ヵ月頑張りました。


3月の時点で号泣したし
死への心の準備が出来ていたので
今回は淡々としたまま
祖父の死を受け入れました。






祖父は娘2人と孫2人(と、その夫)
に見守られ、息を引き取りました。




そのとき泣いていたのは
(と、その夫)の私の夫だけでした。




私たちは悲しむよりも先に
覚悟しなければならない事があったからです。




通夜や、葬式はもちろん。
それ以外(火葬や準備)でも口だけ出しては
かき回して行く親戚の存在です。




私は秋田の田舎育ちでして
んっっまあ、
葬式のしきたりやら風習やら
それこそ十人十色のやり方を
各々から押し付けられるのです。





16年前
祖母が亡くなったときには
それはもう醜い小競り合いが勃発しまして。

自分のやり方を押し通そうとする
爺&婆との攻防戦。




今回の喪主は弟。
一族に軽く男尊女卑が残っているので、
祖父の次の優先序列は弟です。

完全なる若輩者。
厳しい闘いが予想される。


私は弟をモッシュと名付けた。
葬式が終わるまでの1週間モッシュと呼んだ。




そして話し合いの結果
香典等の記帳係は私の夫。

夫はキッチョと名付け、
こちらも1週間呼び続けた。





さて
そんな私にまわって来たのが
寝ずの番


一晩中 火を灯し続ける
重大な役目。



ふざけんじゃねー。
私はサクランボで朝3時に起きて
ひとっ働きしてんのよ。



そもそも
お経をあげに来てくれた和尚様にお尋ねしたら
『今は寝ずの番など、ほとんどしない』
『火事になったら大変だから、火は消して寝ろ』
と、言われたじゃないのさ。


他の宗派や宗教は知らんが
うちのお寺の和尚様がそう言ってんだから
寝ずの番、必要性なし。




ここも攻防戦がありまして。


寝ずの番するべし。との御沙汰がくだりました。



もちろん
「そんなにやりたきゃ、自分でやれよ」
と、耳の遠い爺&婆に小声で言っときましたよ。



そんなわけで孫2人(私とモッシュ)
寝ずの番決定!



時間もなんだかんだと過ぎてしまい
仏具屋さん終わってしまったから
【10時間渦巻き線香】
と言う奥の手も使えない。




やるっきゃない!の状況。

自分を鼓舞するために
トゥーランドット「誰も寝てはならぬ」を夜中に歌ってやったわ。


ヴィンチェロー、ヴィンチェロー!
私は勝つ、私は勝つ!(眠気に…)




私、寝ずの番 3時まで担当。




1時からは
星野源のオールナイトニッポン聴きながら寝ずの番





祖父も
まさか星野源のオールナイトニッポンBGMにされて
寝ずの番されるとは思わなかっただろうね。



しめやかな雰囲気の祭壇の後ろに
ガンガン流れる下ネタ。

さすが深夜放送。
ピーとか言わない。
そのまんま 卑猥な言葉が流れる。



普通の線香め
10分で燃え尽きる。

10分ごとに線香を焚く作業を3時まで繰り返した。



キッチョがね。



私 途中で寝てたもの。
気づいたら畳の上に転がってたもの。


まぁ、びっくり( º∀º )



3時になるとモッシュが起きて来た。
モッシュ嫁も頑張って起きてくれた。




そして5時に母が起きて来たところで
モッシュの寝ずの番終了。



しかしながら
死亡してから24時間は火葬出来ないそうだ。


祖父は夕方に亡くなったので
翌日の火葬では
ギリギリ斎場の営業時間に間に合わない。






寝ずの番
ワンスモア。




葬式の数だけドラマがある。


怒濤の葬式週間は
幕が上がったばかり。



怒号
疎外
泥酔
戸惑い
困惑
爆笑



色々な事があったのですが、
つづきは気が向いたら またお話します。






決して落ち込んでなどいないので
励ましたりしないで頂けると幸いです。



祖父は現時点で出来る最良の状況で
旅立てたと思います。


祖父は教師でした。
子供の教育を生業にして来た人が
孫が泣いて悲しむ姿を見て喜ぶとは思えません。

…孫って言っても37才ですけど(笑)


絶好調で楽しい気分ではないけれど
穏やかな気持ちで過ごしてます。

祖父が亡くなっても
祖父の孫であることは変わりようがないのです。


これで良いのだと思います。