マンガを読んでました。
東村アキコ先生の自伝的内容なんですけど、共感出来る箇所がいっぱいです。
アキコ先生、馬鹿だったんですね。私もです。
今年も全国学力テストで秋田県は1位だったようですが…
私はその秋田県生まれのくせに超馬鹿で、受験や就職のたびに嵐を巻き起こして家族や先生に迷惑かけて来ました。
成績上位者とか学級通信に名前が載るんですよ。
国語・社会は割りと上位常連で、名前が載ってました。私。
問題は数学が致命的に分からない。
公式覚えてもどこで使うのか分からない。
数直線をかいたらYの字の数直線を書き上げて、もはや直線じゃない。
母親は小学生の頃から、私の数学馬鹿の片鱗に気づき珠算教室に通わせた。
計算問題が主な小学校ではごまかせたが、公式や証明などもう珠算教室ごときじゃ歯が立たなくなる中学時代がやって来る。
数学…40点以上取った事ないし。
まあだいたい20点前後。
だから
現国は必ず80点以上取らなきゃいけない。
そうしないと平均5割まで総合点が引き上がらない。
そこから英語だの理科だので、ちょっとずつ平均点上げて行く作戦。
そこに最後社会科で底上げ。
これが私の定番。
国語・社会のどちらか1つでもコケたら私のテストは目も当てられないことになる。
そんな博打なテストを繰り返す。
テスト返却のたびに私は博打打ちのように、舌打ちしたり悪い顔でにんまりしたりする。
母親は一向に点数が上がる気配のない数学問題に着手。
家庭教師をつけられる。
中学時代の成績は
約320人中
100番の辺りを行ったり来たりしていた。
最高57番
最低218番
こんなにムラがある成績を取れる私ってスゴい。
結局、家庭教師の効果はさほどなく高校生になっても数学は赤点のオンパレード。
赤点があると自動車教習所に通えない規則で、入社式の直前まで免許取得に時間がかかった。
せっかく4月生まれなのに、生かすことが出来ず、やっと教習所に行けたのは年の瀬間近のころだった。
母親ぷんすか。
私の数学馬鹿改善にいくらお金をつぎ込んだのだろう。
そのお金ドブ投げた方がマシな結果しか出せずに申し訳ない。
高校時代、簿記検定も落ちて単位もらえなくなりそうになって心配かけたね。
未だに貸借対照表の意味は分からないよ。
数字とは相性悪いんです。
でも生きてます。
何とかなるもんです。
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