気づいたことがある。
あの人、なんでああいう行動するのかなーと見ていたら、様々な過去の話などを周りからきくうち、
受けたことそのまんま繰り返してる。統計とったわけではないけど、偶然じゃないと思う。
いざというときの態度に、その人の過去が投影されるんだ!と気づく。プールの水の波紋のように、
氷鬼のタッチのバトンのように、かなり正確な確立でその態度は世界に順繰り巡っているし、
時代を越えてリレーされるんだと思う。人の言動や行動について凄く考え分析する傾向があって、そう認識。
だから、負の連鎖は止めることだ。理性では止めることもできないことがあるのかもしれないが、止めようと努力すべきだ。
そして、良い連鎖を創り出して世の中に与えよう。でも、もしかして、世界の中の負と正の分量が常に一定に決まっていて廻っているだけなら?
とりあえずは、自分は正でバリアをはる?でも、世界にはやはり、負も必ず必要なのかなぁ。
創造のためには破壊が必要なのかもしれないし。
よくわかんない。倫理とか哲学ってやっぱ面白い分野。
何が面白いって…文系的でなく、どこか科学的な、数値的な要素に気づくときが新鮮で面白い。
しばらく色々没頭したり、解放したりしていたけど、久しぶりにこういう脳 内思考に戻る。私はやはり私。
私自身もたくさんの言葉になっていたように思う。
学生時代とは言葉が変わってまた面白い。
思想がある
頭はいい
純情
腹黒
政治のセンスがある
相当タフ
賢い人
愛される
美しい
学生時代とは言葉が変わってまた面白い。
思想がある
頭はいい
純情
腹黒
政治のセンスがある
相当タフ
賢い人
愛される
美しい
そして、とても重要だったことは…、
そっくりだったこと だ。
特にエネルギー量の点において も同格でやりあえた。だからこそ強烈に反応したのだろうし炎色反応も凄かった。まるで物質が作り変わってしまったのだから。
内外いずれも芸術作品のようだった対象の人物で、しかも私の感受性はそれを理解できる力を感じていた。
しかし相手を知ろうとしたことは、つづまるところ自分を知ってゆく作業であったことに後々気づくのである。
そっくりだったこと だ。
特にエネルギー量の点において も同格でやりあえた。だからこそ強烈に反応したのだろうし炎色反応も凄かった。まるで物質が作り変わってしまったのだから。
内外いずれも芸術作品のようだった対象の人物で、しかも私の感受性はそれを理解できる力を感じていた。
しかし相手を知ろうとしたことは、つづまるところ自分を知ってゆく作業であったことに後々気づくのである。