状況 | きつねのおきゃくさま

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四月だし、何か新しいこと始めたいな~と、今更ながら初めてblogに挑戦☆

先天的か後天的か、今となっては判別しようがないが、
とりあえず状況としては、

・まず、「脳のシステム」が皆と少し違う気がする。ということがわかり、どうやらその事を周りも知っているようだということがわかり、わかって「受け入れられ」て辛さがなくなった。

・歳を重ねたせいも大いにあるかもしれないが、努力して、「ゆとり」を手に入れた。毎日心身ともに落ち着いて、整理しながら生活を送れている。内面性の憧れとして願っていたゆったりとした穏やかさ、静謐さ優しさを手に入れ、内から「幸せ」が溢れるのを感じるという初めての体験をしながら、それを他人への思い遣りに活用できている余裕がある。静かな深い「自信」を得た。一方で、足るを知る、になりすぎて次にどのような成長へ向かってゆけばよいのか長らく停滞している気がする。

・ゆとりを得たことで、計画する余裕ができた。色んなことをちゃんとできる余裕ができて、負のスパイラルからようやく抜け出せた。そして初めて生活というものを意識して、「へんてつない生活を楽しむ」ということを知り、そのことがいかに自分の内面を潤すかを実感した。

・産まれたときから自分が「何者であるか」は決まっているという思想になった。死ぬほど努力すれば、別の誰かにナリキリできるかもしれないが、それは合理的でなく。自分を極めて育てて綺麗に花を咲かせてそれを宇宙のために使って生かす、という習ってきた思想を本当に理解したと思う。ある意味、自分探しができたというか、受け入れた。

・誠に僭越ながら、一応の成功体験を、なんと奇跡のように「最終段階」まで体感できた。恐らく半ば神懸かっていたというか超人的であったみたいだ。というのは私はその記憶をもう失っている。宗教的な言い方にすれば神が私の身体を通して伝えていたということだ。かつてのイタコ?とかと同じ状況だったかな。私としては素晴らしい幸運。そのタイミングで幸福感に溢れた毎日を手に入れた。人間の神秘!今の年齢でこれを知っている人はなかなか少ないのではないか。それと同時に、人生観や価値観のようなものにも変化が出たし、恐らく真・善・美…、愛など宇宙の真理を全て見た気がする。し、無宗教でありながら、聖書が物語で表現しようとしていることがなんたるかが手に取るようにわかるような、本当に凄い経験だった。宇宙って本当に本当に巧い仕組みで成り立っていて、我々人間は、神がこの宇宙をどのように創ったのだろうと、数学や物理や科学や…ひたすら魅せられて知りたい知りたいと恋して色んな学問として探求するんだなぁ と思うようになった。男
女の恋愛と同じ様に、宇宙という神秘的な異に恋をするプロセスが、学問なのかもしれない。ほんとに、何事も本質や仕組みは一緒なのかも。

・それと共に、私の前には新たな景色が拡がった。
ようやく手に入れた新しい、「正しい志」。知識として知っているのではなく、体感として解った。1個体は宇宙の一部でしかなく、1個体は宇宙のために真善美を尽すことで、本物の深い深い幸せを感じられるようにできているということ。一人一人に与えられている幸せを感じるセンサーは宇宙を成り立たせるためのボンドなのかもしれない。宇宙を成り立たせるために私たちが感じられるように与えられた感情。最高位の幸せは、本来周りのために尽力することで得られるものだと思った。地位や名声等の、己の優位性やそんなもので感じられる幸せは、まだ小さいものだろうということである。「みんなの幸せが己の幸せ」という境地の素晴らしさ。

いろいろと悟った。
いろんなことをショートカットせず、牛の歩みで一つ一つ着実に人生を味わい尽すつもりである。