世の中から浮き上がって、ふわっと遊離しているような気がとれない。意識してなかっただけで、生まれた瞬間からそうだったかもしれない。自分のまわりの、自分に関する雑音でさえも、まるで優待離脱のように、自分の感情が動かず上から俯瞰しているような感覚。心境としては、非常に穏やかだ。欲していた、慈愛に満ちた感じは、さすが私、きちんと叶えている。効き過ぎちゃったかな。悪いもの汚ないもの醜いものも、弾力をもってやんわり跳ね返すそんな力。自然と自分をいつも美しく保てるようにするようになった。
関心が内向きになっており、関心の方向に触れていると安らかになれる。安らか過ぎて闘争心がどうにもわかなさ過ぎて自分で少し心配にもなる。特性上、興味が常時一つくらいしかモタナイので、今は外のいろいろがどうでもよく、他人事のようである。
外からの声もどこか届かず、あとはもう今月のことでさえ、ずっとずっと遥か昔のことのように思える…、いや正確には忘れてしまった。記憶が飛んでいってるのではないかと心配。急速に自己というものが、無意識に意識していた方向に作りかわり。みんなと見ているものが違うかもしれない。何より、かつて通わせた人ともう、通わないのかもしれない。それを狙ったんだけれども、狙うのが解決への道だと直感していたから。悲しいことに、でも、私は非常に正しかったということだ。
年々、多少の浮き沈みはありつつ、達観に拍車がかかりつつ、それでも毎年青春を更新していることにしあわせをやわらかに感ずる。夢のような今までだったけれど、特に、ここ二年も夢幻のようだった。未だに私自身が掴みとれてないという感。こういう日に、ありがたさやたのしさを想えるようになれたことを、私は驚いている。
むかし、同じ楽曲でもスコアを見るたびに新しい発見があるとおっしゃっていたのをうかがったみたいに、日々、驚きと学びがあって、一般的に単調に見える毎日でも、純粋に生きているのが楽しいと思うのです。