ずっとずっと、しばらくながらく拒絶してきたホームの音楽に、恐る恐る久しぶりに接触してきた。土地柄もあり、非日常のような日常の延長のような、夢と現実の間を漂う曖昧な感覚。
今では私にとって、こちらが身近になったけれど、当時を思い出したら、田舎からこの都会に出てきて大きく盛り上げる当日は、物理的にも本当に特別な位置付けの1日で、勿論、精神的にもかけがえのない1日だったなぁと。当時の若さや心持ちを思い起こして懐かしむ。しかもセレクトも、またまた個人的にゆかりの深い…。もう尊すぎて。鮮明に思い出そうとすると、きちんと思い起こせなくなっていることに気づいてしまって、胸が苦しくなる。
音楽的なことや、難しいことは、残念ながら未だに私にはちっとも解らないので、お得意の気持ち的な内観というか体感というか感想というかをまぁつらつら書くしかない。気持ち的には、とてもさっぱりとした心持ちで対峙していた。もう私にとっては過去であり、既に歴史であり、私はお客さまとしての参加。
時間を経て改めて振り返ったときに、あそこにいた中で私が一番、大きく自分の中に残ったことは、技巧や知識でなく、例えば「大きな体験とその客観的考察及び内面景色の変遷」「共同作業の中での人間関係の構造」「芸術と色」みたいな、そういうテーマを観ていたのだなと思う。本来、それは本末転倒でお恥ずかしいことなんだが、音楽そのものよりさらに、自分の専門分野の立場からの好奇心で眺めていたのだと思う。だから、終ってからもむしろ探求の始まりだったし、いつまでもいまでも、引きずり続けている。
あの頃は、本当にいっぱいいっぱいで、わりとストレスフルで余裕もなく、内観するなどという感覚すら知らなかったけど、どんな気持ちだったのかなぁと、落ち着いてものを考えることすらしなかった当時を少し惜しくも思う。
夢だった。
素晴らしい夢だった。
私の全てだったのに、終わってしまって、どうやってこれから生きていけばいいのかわからない。まさしくあの当時は、あそこのために生きていたと思う。あれ以上の希望が、この先果たして見出だせるのだろうかと。昔の若さに思いを馳せる夜。