あくまで最近思っている私の認識だが、
そもそも、社会を創っていったりまわしてゆく人材を生産してゆくために、教育があるとして、
効率よく生産するために、学校制度になってる。
んで、社会をまわすために、教育機関を出たコドモ大人たちは、様々な業界とか、コレ!いう職業に分配されてゆく。
ここまで社会を機能させる、という視点側からの捉え方。
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でもでも、本当に一人一人の立場に立った素晴らしい理想は、その「個」のポテンシャルを全開に開いてゆくことなんだと思う。
職業とかは、もうある程度固定されていて、既成物になってしまっているけども、
その理想に従えば、「個」を追求した結果を社会に生かしているなら、それ自体が仕事や職業なんだと思う。
例えば、今だったら、○○という職業と●●という職業しかなくて、自分がどちらの方がまだ合ってるのか…と無理やり選択して、その規格に強引はめ込んで生きてゆくしかないが、
自分が××という特色があるのなら、それをもうそのまんま、××という職業にしちゃって追求するのが、一番全開にできる方法なんだと思う。
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ただ、それだったら、効率よく機能的に社会をまわしてゆけないから、大きい社会全体の視点からみたメリットと、一人一人のためを想った考えの間で、折り合いをつけて仕組みを作ってる感じなのか。なのか?