クイズやなぞなぞや知恵の輪なんぞが娯楽として親しまれているように、日常に起こるふとした疑問や問題を敏感に感じてしまい、それを何とか解けぬものかと頭を悩ませるのが最近となっていて、悩み悩みは辛いのだが、そこを何とか考えるのも快感となっている。
最近思うのは、まず総ての人は同時に幸せには過ごせないのかということ。解りやすい例で言えば、立場の上の人だけがいい思いをしたり、立場の低い人が辛酸を舐めなくてはいけなかったりじゃなくて、みんなが幸福感を感じながら自分の役割を全うしながらお互いに認め合って協力しあって一つのことをがんばる、というのは理想に過ぎないのか?と。
敢えてどちらの立場も微かに体感してきた私としては、一見とても恵まれているような立場にあっても、異常に孤独や不安感に苛まれたり、辛かったりの苦悩があること(でもそれでも好んでやる)、そうじゃない逆の立場としては、見下されたりとか?(私が特殊なだけかも)
どちらもなんだかな。敵にしてしまうことの力も大きいかもしれんが、女としては(できれば闘わず平和でありたい)お互い認め合い、一緒に協力し合うことの方が大きい力やうねりを産み出せる筈なのではと思っております。
こんな夢みたいな理想ばっかり言っているから、ゆとりはいかん!と言われるのでしょうか。でも、何も生産していないけれど、大切なことなんじゃないかと思うのです。
AとBにいさかいがあったとしてAの立場を傷付けずにBを救おうとして動いたら、なんとも罪無きCを嫌われ役に仕立ててしまっていたことに…。世の中には、必ずいつもはからずとも汚れ役ができてしまうようになっているのでしょうか。
大人になるということは、色んな道理をしってゆくことで、たのしくもあり、切なくもあり。