気づいてしまったことですが、恋愛は、すごい魔法のような力を持っている。
かつてより、様々な歴史の重要シーンや、文学や芸術のテーマとして、またその創作の源として、「愛」は常にサイドストーリーとしてあって、重要な位置を占めてきたと、これは認めざるを得ない事実かもしれない。
動物の、最も大切な、寧ろシンプルなたった一つの命題、種の保存→血を繋げてゆくということが、とても重要な事だからこそ、ここまでに人間には愛がたくさん持たされて来たんであろう。
わりとまともな筈の学校での学生時代、授業で「教育は愛だ!」と、それで講義を展開していらした教授がおられ、恥ずかしくもなくそんな事のたもうて正気!?とその頃は軽蔑したのですが、残念ながら、彼のおっしゃっていたように、愛は凄いのかもしれない。
人と人との間に愛が生まれるからこそ、ただ単調に過ぎていくだけの筈だった種の保存が、愛から物語が紡ぎ出され色をおびてゆく。
きれいごとばかりでは無いことは重々承知なんだけど、愛のために人は頑張れて、愛によって勇気が沸いてくる。その側面は強いんじゃないかと思います。
今は、男女雇用機会均等法で随分と女性も全く男性と変わらないお仕事をやるようになってきたかと思いますが、そうなると今度は昔の役割意識の根底にあったものがようやく個人的には今わかるようになってきていて。男女は平等だと思うしそう扱われないといけないと考えます。けれど、やはり性別の特性として得意不得意はありそうだよなぁと思っている。
男性の特性を上手く女性が引き出して、女性は逞しい男性に頼り守られ、お互いに支えあいながら補いあいながら生きるのが素晴らしいなぁと思っているのです。
さて、そんな両性の間に、恋やら愛やらが芽生えたとき、一気にインスピレーションが次から次へと不思議なくらいさらさらと湧き出てきたり、創作意欲や生きる気力がわいてきたりしたことってありません?私は長らく信じていなかったんですが、残念ながら実体験すれば真実は真実として認めざるを得ませんよね。。
この事実に頼って任せきりにしたり、溺れたりすることは、非常に危険なことだと思いますが、そんな中でも理性を細々ともっておけば、上手にこの特性を有効活用できるんじゃないかと思うております。
アインシュタインが産み出したもののように…何事も諸刃の剣で、自分のためだけに、あるものをつかってしまったらずるいと言われたりワルいと言われたりするだろうけども、全く同じ力を社会のため周りのため善のために使ったら、素晴らしいと言われる。全く同じものも、使い方だけを工夫するだけで、全然変わってくるのですね。
私は小者で小心者で、自分の信念に照らし合わせたときに後ろめたいことが少しでもあれば、びくびくして全力で物事に取り組めないということがわかったので、どれだけ大変でも、いつも、自分の心にはすなおに、恥じないように、これが素敵だなと思う方に行動を作ってゆく方が、まだ楽なんだろうなと思っている。