学生時代は、考えろ考えろと散々言われていて、
注意するようになり、、、というか苦境に陥ると、人間、自動的に考えるようなシステムになっているらしい、ということが薄々解ってきた。で、自然と考えるようになり、今度は考え過ぎて何だかツラいという現象にぶつかるようになった。
んで、そんな時に、職場のお姉さん。綺麗で陽気で強気で周りとかうじうじあんまり気にしないガンガン行くようなタイプで、ストレスなんか無い~!人生、何にストレスなんか感じるの?いっても恋愛くらいよね?みたいな雰囲気(私にはそう見えている)で、、その感じを見て、あ~こういう感じも、割り切っちゃえばほんとーに楽な生き方ができそうだな~と羨ましく眺めている。
私を悩ませているものは恐らく、母や周りから幼少期から貼り付けられた堅い価値観なのだと思う。。躾ってすげぇ。未だに呪縛から脱け出せないんだから。
で、考えることは大切と思うけれど、、私のよくやりがちな人生や生きることそのものについての哲学的思考は、ある程度あった方が人として魅力的になると思う。けど度が過ぎてくると、ニーチェやトルストイや他の同じような学問を職人的に極めてしまったような人たちは、最後に「生への無意味さ」という根源的な問題に突き当たり、やがて生きていることができなくなっていく。ま、それでこそ芸術とかのように、命を掛けた学問なのかもしれんが。でも、死なない程度にしとかなきゃいかん(笑)
いやー、人間、何やかんやそれぞれ理由を付けて生命ロンダリングして全うしているが、でも本当は無意味だとしたらどうしよう。。
富も名声も何も、天国へはもっていけない。人に迷惑を掛けず、やりたいことをやる中(→きっとそれが使命なんだと思う)で幸せに全うできたらいいのかなというのが今のところ。一度しかない人生を、充実させたいものです。たくさん動いた日は熟睡できるように、エネルギッシュに生きて素晴らしく死にたい。