先週は毎日外で飲食したり、最終日の金曜には久しぶりに明け方まで飲んでいたのもあって、土曜は何だか1日中ぐったりで、たくさん休養しようとひたすら寝ていて、日曜もヒッキーでゴロゴロしたりネットだらだらしてしまったり…まるでホタルちゃんのようにメリハリなく過ごし、やるべきことも結局全く終わらせられず、今日月曜日はなんか罪悪感と反省と先週の疲れを引きずったまま職場へ行ってしまい、、、
あー、最悪

という感情のまま席につき、人に対しても微妙な顔つきのまま対峙してしまいさらに罪悪感…という負のスパイラル。
日ごろの疲れを取るための土日の過ごし方としては、今までは、とりあえず休養→ひたすら睡眠!と養分!と思い込んでいたのだけれども、、、スッキリしようと思ったら、ただだらだらしているのは違うんかもと感覚的に思った。余計疲れとるやん私!!!!

恐らく、メリハリは土日でも必要(今の私にとっては)で、、、いい睡眠のためには、きちんと動いて活動することが大切だし、きちんと動いて活動するためには、食事も大切、と。思考もそうだと思う。だらだらと考え続けるのは逆に非効率である。脳をほどよく休ませようと思えば、逆に全く違うことにうんと集中させることなんだと思う。
土日だから、ガンジガラメにルールを決めすぎるのは違うとも思うけれど、それでもやはり、気持ちよく過ごすためには、人間にとってどれだけきちんとした生活習慣が基盤であり重要であるかということを心から感じます。
今日は不完全な自分のままで行ったため、終始なんだか落ち着かず、びくびくし、人にも温かく優しく接することができず本当に反省。
今の私にとっては、職場はお金を稼ぐだけのところというより、人生の多くを過ごすONタイムでありステージ。本番をたくさん重ねてきた自分の感覚としては、何がなんでも本番は少なくとも心持ちだけでも完全で臨まなくてはならないと考えている。(そうやって考え過ぎるところが無理な緊張を産んでいる気もするが…)昔は大きな本番が年に数回、あとは月1くらいに小さい本番?みたいな感じだったけれど。今は平日が毎日小さな本番。
土日の過ごし方、帰宅してからの過ごし方、身支度の仕方、メンタルの整え方、全てきちんとして、小さいながら日々の本番を確実に送る。そういう生き方が、地に足のついた生き方で、踏み締めて人生を歩んでいる感覚になるんだと思う。
今日はそんなこんなで1日、いつもよりゆらゆらしていたけれど、家に帰ってこんな風に書くことで、自分を見つめ1日を振り返り、気持ちを平穏にリラックスできてだんだん落ち着いてきた気がする。大学時代は、こういうゆとりが全く足りなかった。1つのことに夢中になりすぎて、本当に何もかも見失っていたと思う。それに、好奇心が外に外に拡散ばかりしていた。外を充実させようと思えば必ず自宅での充電時間、安息の場を居心地よくする努力をしようとする観点・エネルギーがガッポリ抜け落ちていた。若い、ということだったかもしれない。本能からの警笛があがって初めて気付くものである。
本来、学生時代に向き合っておくべき問だと思うが、いわゆる人生ってなんだろ問題について、私は社会人になったことで初めて改めて深刻に考え始めた。ひたすらぐちゃぐちゃ考えて、昨日ふと本みて書いてあった言葉に出会う。「人生とは、生まれて、生きて、死ぬことだ」そうなんだと思う。みんな、生まれて、生きて、死ぬんだ。その猶予は、オマケみたいな暇潰しみたいなものなのかもしれない。その暇潰しをいかに尊いものにするか。そんな感じなんだと思う。どうせ手に入れられるものなんて限られている。大金持ちになって豪邸に住んでも何だかハラハラするだけだと思うし、、、ならばどれだけ人のために役に立てるか。自分なりにできることを周りを想いながらギリギリまでやり尽くす。そういうのがすてきかなと思う。あとそれから、人生を送る中で常に人生とは何かという問に対峙し続けること。ひたすら考えて考えて、思考を高めることで己を高め成長させ、歳をとってゆくのかなと。自分の毎日は自分の人生そのもの。慈しむようにして生きなければいけない。明日という日は、明日という本番は、一度しかない。
何だかいろいろスッキリしたなぁ。排泄したからかぁ~