凄く、人生について考えます。昔、本当に世間知らずで無知だったし、疑うことも知らず、純真で、わりとちやほやされた環境で、
ロマンチストであり、夢中になりたがり、意志が強いという性質が影響して描いた人生観。
それが、大人になることで、現実社会を知ることで、がらがらと崩れ、再度修正せざるを得なくなっている。
しかも、徐々に、確実に歳をとり始めている。わかいころに買ってでも苦労をせんと無茶し過ぎたのが、今頃ドッと疲労感。
歳をとったせいか、考えすぎてしまい整理できず混乱を常に生じてしまう性質のせいか、外界の刺激をぐるぐる取り込んで苦悩する性質のせいか。若い頃の無茶で脱け殻になってしまったか、無茶した時の破滅的な非人間的な生活がたたってか、今は本当に疲れやすい気がする。若い頃は、期待されたレッテルの体現を無意識にやろうやろうとしてしまっていたのかもしれない。無理していたんだろうなぁ。外側から見られている私を保ちながら、内面で進行してゆく崩壊の食い止めは、気が狂いそうでした。で、私の考えすぎてしまう性質は、例えベッドにずっと横たわっていても脳を果てさせるし、心身共に消耗を招き疲労困憊。
歳をとるのが楽しいと言っている方たちが羨ましい。私は、自分がちやほやされたひとときは、若さ所以でしかなかったことを認識し初め、なんの能力をも体得していない自分をやっと恥じることができかけ、それは強い焦りとなっている。
何が正しいのか。
自分が信じるように進むしかないけれど、自信がなくて、今の自分なんてキチンと信じてあげられないよう。
希望を見いだせたとしても、いつも通り、夢想状態が過ぎて現実から離れてしまってはないかとか、若さゆえに何も見えてないからそんなことを考えてしまうのではないかとか、今の時代にはそぐわないのではないかとか、皆にひんしゅくを買うのではないかとか、色んな不安やブレーキが襲い掛かり、またこれも恐らく考え過ぎのせいで次に進めていない。
日常ではふつーの一般人やってますが、とにかく昔から異色の体験ばかり(これも自意識過剰かもしれん)を辿ってきたせいで、内面では、不思議な想像や構想ばかりが勝手に行われてしまってはいないかとの不安に常に苛まれる。
私は、昔から様々に夢中となる体験を重ねてきた一方で(つい最近の大学生活内における夢中は、その延長線上でしかなく、ごく一部分の体験でしかない)、特に近年は疎かにしがちであった自分と向き合うことをなんとかせんと強烈に意識することによって、、生活の中で常に自分に対して自問自答を繰り返している最近。答えがそうすると定まってきているような気もする反面、もしかしたらジコマンに過ぎず、趣味と化して何も産まないだけか、むしろ考え過ぎのせいで、煮詰まって苦しくなっちゃってんじゃないかとも思う。
人生、みんなどうやったらあんなにひょいひょいと軽やかに進めるんだろうか。一般的に、皆は人生をどのように捉えているのだろうか。周りにヒトノヨイ人がたくさんいるのは幸運である。私は幼い頃から、理解力の欠如と好奇心の強さで、ついつい何故?何故?と詰問してしまう癖があるので、1人につきここまで、と、迷惑にならない程度に嫌がられない程度に、いろいろ模索のために人に聞いてみようかな。