話すということ | きつねのおきゃくさま

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四月だし、何か新しいこと始めたいな~と、今更ながら初めてblogに挑戦☆

今、仕事をする上で大きな関心事となっているのが表題の件。このテーマについて思うことを様々な観点から書いてみます。


■伝達において学生時代と社会人との相違

学生時代、私にとって話すことは主にその場を楽しく過ごすためだったように思う。人といると沈黙するより話をするようにしていることが多くて、何か目的があるワケではなくコロコロ話題をぶっ飛びつつ色々楽しく話しているという状況が多くみられた。
が、社会人になると、話すことの命題は「物事の伝達」となると思う。ここでの伝達内容が外部を把握する手段となり、会社を動かす方針となり、様々な課題を判断する材料となり、非常に重要な意味をもつ。当然ながらこの場合、話しを面白ろおかしく伝えるのではなく、「正解」に、さらに欲を言えば大人の事情も踏まえて「上手く」伝達しなければならない。
このような社会人として求められる伝達方法は、今まで私生活で訓練してきたことでは無かったから、なかなか個人的には今後強化する必要があるとしみじみ認識。
組織で働く際、よく「ホウレンソウを行うこと」の重要性が語られるが、それと同じくらい「どう伝えるか」という実の部分が重要だと痛感する現在。


■男性と女性の伝達の相違

女性の場合、特に自分自身その傾向が強いのだが感情を含めて事象を伝達してしまうことがある。しかしそれでは事実内容の大きさが歪んでしまう場合が考えられる。これは何かの本で読んだのだが、男性は女性のそれとは異なり言葉をつかう時も受け取る際にも、基本的には物事を伝える手段としか考えていない。ので、男性に話をする際は、できるだけ事実を忠実に話すことを心掛けたい。またはどこまでが事実でどこからが自分の感想かが明確にわかるように意識することが望まれる。


*社会人になって自覚した点

自分が今までいかに発する言葉や言葉を発するという行為自体に大きく意識を置いてこなかったかということが露呈。仕事はじめ、異性で年上の社会人と言葉を手段としたやり取りを毎日のように行うようになり、人は自分で思ってきた以上に言葉をきちんと聴いているということに気付いた。従って、従来よりもっと自分が発言することに責任を持たなければと考える。