1992年7月4日、
米国カリフォルニア州サンノゼ市。
妻とわたしは、ホテルの窓から
独立記念日で打ち上げられている花火を、
半ば放心したように、呆然と眺めていました。
ことの発端は、
昨日、突然サンノゼ・メディカル・センターから、
東京の自宅に電話があり、
「よくわからないから、ここに電話して」と
妻から会社に連絡が入りました。
何事かと妻から聞いた番号に電話してみると、
「長女真由美(留学中)が、交通事故で入院した。
手術が必要なので了解を得たい」というものでした。
聞いてみると、かなりの重傷です。
頬骨が砕け、脊椎が損傷し、右骨盤骨折、
右足の股関節脱臼・・・
妻に連絡すると、電話口で
声を上げて泣き出してしまいました。
わたしたちは、取るものとりあえず
サンノゼに直行便のある、
ユナイテッド航空を予約し、飛び乗りました。
サンノゼ空港で泣きながら土下座して謝る
運転していた男性に案内させ、
メディカル・センターで真由美に会いました。
・意識があること
・足と指が動くこと
などを確認して、ホッとひと安心。
明日のオペ担当ドクターとの面会時間を決めて
ホテルに戻ったところでした。
大手術でした。
真由美は、砕けた頬骨、損傷した脊椎、右骨盤と股関節の、
3カ所の手術が必要で、
それぞれ別のドクターが執刀しました。
おかげさまで、手術は無事成功しました。
サンノゼ・メディカル・センターも、
あらゆる点で素晴らしい病院でした。
インフォームド・コンセントも完璧で、
完全看護。個室も広く、清潔、
付添人のためのスペースや設備も整っていました。
ところが、そのあとが大変でした。
(長文になってしまいましたので続きは明日にします)