盆灯篭を持って歩く人を
何人かお見かけしました
毎日忙しく暮らしていると
永遠に同じ毎日が続くような
気がしてしまうけど
こうやって節目節目で
何かしらの行事があると
一旦止まって、また
新しいスタートを迎えるような
気がします
そしてまた、お盆は
あぁ母が亡くなって二度目のお盆なんだな
と、母の事を思い出す節目でも
あります
ごく普通にいつもの
ありふれた日を夕方まで過ごしていて
突然亡くなった母
母を送ってしばらくして考えたのは
母の人生は果たして
幸せだったんだろうか?
と言う事でした
母が亡くなってから色んな方から
母の幼かった頃の事
学生時代、それから教員になってから
わたしの知らない母の話を
聞く機会がありました
そこに居たのは
わたしの知っている母とは
全く違う人物でした
11人兄弟の末っ子で、
真ん中の7人は早逝し
父親を早くに亡くし年の離れた
長兄が跡を取り
そう年の違わない大勢の姪や甥と暮らし
小さな頃から優秀だったという母
長兄の声掛けには必ず膝を折って
笑顔で対応していたそうです
そして姪たちも一度も
母が声を荒げたのを聞いた事が
無かったそうです
晩年までその甥や姪たちの
相談相手になり
常に公平で思いやりのある判断で
みんなから慕われていた
そんな話をしながらみんなが一様に
とてもお世話になって感謝している
あんなに優秀でしかも控えめな人は
いなかったと言って下さいました
だけど、わたしは長い間ずっと
なんて愛情の薄い人なんだろう
わたしが母親になったら絶対に
あんな風にはならない
そう思っていたんです
で、結果的にそれがわたしの
子育てを苦しい物にしてしまって
いたんですけどね
そしてその上、いらない不幸を
これでもかと現実化して来ました
そして心理学に出会ってそれは
全く変わりました
愛情の薄いのは
わたしの方だったのです
と言うか、子どもって
愛情は貰う物だと思っているので
自分に無い、与えると言う愛情が
理解出来ないんです
自分に無い物って認識できませんから
だけど、それに気付けて母に
いえ両親に感謝する事が出来て
本当に良かったなと思います
そして、五人もの子ども逹を
育て上げて、
長い人生の中で大きな波風も無く
贅沢をするわけでもなく
ただ実直に生きて来た母を
尊敬するようになりました
そうして、
わたし、母の事を
100%尊敬してるわ
そんな言葉が不意に浮かんだ日の夜に
母は亡くなりました
母の人生は
幸せだったんだろうか?
そう考えている内に
この考え自体が傲慢だなと
思うようになりました
きっと母は母らしく
生き切ったはず![]()
![]()
今、母親になったわたしは息子から
俺、母さんのぶっ飛んだところが
大好きなんよ!
と言われました
えー、ぶっ飛んでるのかわたし。。。![]()
という気持ちもありながら
母親に、大好きなんて
当たり前に言える息子に
育ってくれて良かったなと
思いました
それはいつか
お別れの日が来た時に
母親に好きと言う事を伝えれば良かった
そう後悔する事が
きっと彼にはないだろうなと
そう思うからです![]()
今日も最高の一日に![]()
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