vol. 431

 
 
 
 
 
 
 
登美丘高校の
ダンス部が
 
 
クイーンの曲に合わせての
ダンスを練習して
本番で発表するまでを
 
 
ハイライトで放送しているのを
見ました
 
 
 
女子高校生80人くらいが
何度も何度もチェックしながら
 
 
ほんの少しも乱れないように
一生懸命練習をして
いました
 
 
本気ってすごいなぁと
思いました
 
 
圧倒的な情熱は
人を感動させるんだなと
そう思いました
 
 
ちょっと
子どもが保育園の運動会で
かけっこをしてるのを見て
 
 
思わず泣きそうになった時と
似てるなと思ったので
 
 
無心で取り組んでいる所にも
感動したのかも知れません
 
 
 
 
 
それは本当に
素晴らしかったんですけど
 
 
わたしがそれよりも
感動したのは
 
 
振り付けの先生の
アカネさんが
本番が成功に終わって
 
 
テレビの放送が終わった
瞬間に
ものすごーく喜んで
 
 
生徒達を泣きながら
褒め称えていた所です
 
 
 
あんなに喜んで貰えたら
頑張ろうと思うだろうなぁ
 
 
そう思ったんですけど
それと同時に
 
 
私達、無意識でだけど
 
 
相手を評価する時に
条件をつけてるんじゃ
ないのかなと
思ってしまいました
 
 
 
 
わたしで言えば
子どもが小さかった頃に、
 
 
経営者や部下を持っている方なら
社員や部下に対してですけどね
 
 
何かが出来た時に
 
 
ここまで出来たのなら
評価してやろう。。と
 
 
こっちが評価基準点を
決めている場合も
ありますけど
 
 
今回思ったのは
 
 
これくらい出来たのならば
喜んだり称賛するのは
このくらいだろうな。。
 
 
そう計りながら
認めたり誉めたりしてるんじゃ
ないのかな?
という事でした
 
 
 
 
これ必要なのかな?
とも考えました
 
 
そもそも誉める度合いを
決めている思考の
その下には
 
 
必要以上に誉めると
いい気になって
もう頑張らなくなるんじゃ
ないかとか
 
 
このくらい誉めるくらいが
今回の出来た事には
見合っているのさ
この程度だと言うことだよ
 
 
と、いう思考が
隠れています
 
 
何かイメージは
子犬のしつけわんわん
 
 
 
 
だけど相手が社員や
部下だったとしたら
 
 
それは、相手を信頼
してないとも言えます
 
 
こちらがコントロールを
しないと、と思っているん
ですからね
 
 
アカネさんは練習では
ものすごく厳しく
指導していて
 
 
それは
どんな妥協も許さない
そう決めているように
見えました
 
 
 
だけどそれはまた
お前らもっと出来るだろ!
 
 
そう信じているから
ですよね
 
 
そしてその頑張った結果を
生徒達を誉めるというより
自分が心から嬉しい~ドキドキ
 
 
そう言っているようでした
 
 
なのにわたし達は
厳しく言うとか叱る事は
ついつい躊躇してしまって
ないですか?
 
 
 
 
そして誉めるや喜ぶでは
相手をコントロールしようと
している
 
 
うーん?
なんかずれてるぞ
 
 
そしてね
厳しく言えないのは
あなたの中にある
変な信じ込みのせいだったり
するんですよね
 
 
もっと言えば
誰かを無意識で
コントロールしようと
する事もそうですよ
 
 
だから、その信じ込み
早く解除しちゃいましょうハート
 
 
 
 
 
 
 
今日も最高の一日に音譜