vol.405
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この頃からの10年位は
長い間思い出そうとしても
記憶からすっぽり抜け落ちて
しまったように
思いだす事が出来ませんでした
逆に計算して
子どもが何歳の時だから。。。と
子育ての記憶をたどって
ようやくそれに付随した周りの
状況が浮かんでくる、
というような感じでした
その頃
長男は保育園の家庭訪問で
二時間も担任から苦情を
言われるような状況で
それに対して
言い返す事も出来ず
次には言い返せない自分に
腹が立ち
そんな時に長男が
妹に何度もちょっかいを
掛けていたりすると
自分でも嫌になる程
叱りつけてしまいます
優しいお母さんに
なるはずだったのに
どうしてこんなに感情的に
怒ってしまうんだろう
そう思いながらも
止められないのです
その内に怒っているのか
泣いているのか
自分でも分からなく
なって来ます
そして可愛い寝顔で
眠っている子ども達に
こんなお母さんでごめんね
と謝る
こういう事の繰り返しでした
ある日の夕方
子ども達を乗せて
車で出掛けていて
赤信号で止まっている所に
居眠り運転の車が
ブレーキも掛けず
突っ込んで来ました
ルームミラーで見えているけれど
どうする事も出来ず
一生懸命ハンドルを固く握って
ブレーキをしっかり踏んでいました
ぶつかった瞬間に自分の車が
ビューンと前に飛んで行って
その前の車、また前の車と
結局6台が追突する事故に
なってしまいました
子ども達は後部座席で眠っていて
力が入っていなかったのが
良かったらしく
大丈夫だったのですが
わたしはそのまま救急車で
運ばれて6週間の入院に
なりました
真っ直ぐ歩けなかったり
信じられないくらい
ひどい頭痛だったり
嫌な事は色々ありましたけど
一番悲しかったのは
長男の小学校の入学式に
行けなかった事です
環境の大きな変化で
心細いであろう小さな我が子に
近くにいて世話を焼く事も
話を聞いてやる事も出来ないのです
どんどん自分がずっと描いていた
お母さん像からは離れて行って
いるようでした
それからこの家に
住んでいる時には
泥棒にも入られました
それも三回も
いえ、四回目も来たのですが
二階で寝ていて
家の周りの落ち葉をそーっと
かさっと踏む音で目が覚めて
階下の照明をつけたので
逃げて行きました
良くそんな音が聞こえるなぁ
夫は驚いていましたが
入院中の朝の血圧測定で
40と60とかで看護師さんに
この数字じゃあ書けないので
二時間後にもう一回測るねと
言われていましたから
もう体はちゃんと正常に動いて
いなかったのかも知れません
そして心も
そんな頃に義父から夫に
定年退職も近いので
一緒に住める家を探して欲しい
という話が来ました
この人の探して欲しい、は
探せ!と言う意味です
一緒に暮らす
どうなるかはもうはっきりと
していました
だけどもうそれに
反対する気力は
わたしには
残っていませんでした
つづく
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プロフィール⑭
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