1980年4歳 大人の二面性に嫌気がさす

進級、保育園にて。私はお手洗いへ行った。新しい担任がおもらしをした子どもの下着を洗いながら同僚の別の先生と「臭い」としかめ面をしていた。これが本性なのかと思った。大人は汚い。幸いここには私しかいない。先生の反対のお顔を見たことは、聞いたことは、他の子に内緒にしておこう、きっとみんなショックだろうから。私だけの秘密。

園長先生はいつ見ても変わらない優しさで私を包んでくれた。園長先生は見方だ。私は園長になついてしまった。担任はお気に召さないようで、私をホールに呼び出し強引に腕を引っ張って言った。園長先生とわたしどちらが好きなの!「園長先生」というと角が立つと思ったので「おなじくらいすき」と答えた。「私の方が好きだと言ってよ!!」と無理矢理抱きしめてきたのを非常に疎ましく、また不誠実で信頼に値しないと思った。確かに私は妙に大人しくイイコイイコと言われ物わかりがよかった。子どもらしいかわいげなんてまるでなかった。帰宅すると新しいお洋服や帽子、新しいお人形が目にとびこんでくることも稀ではなかった。それを『わぁ!』と喜ぶのが幼児らしさなのかもしれなかったが、私はどうしても喜べなかったし気づいたことも悟られないようにしていた。

マルチーズの赤ちゃんがきた日だけは純粋に嬉しく、「可愛がる対象」ができたことがなによりのよろこびだった。4歳にしてあふれる母性愛を持っていた。それは祖父の暴力から母を守ろうという、母の母になろうという私の幼き無償の愛の矛先だった。