11月19日、母は旅立ちました。
ブログを読んで下さった方々、ペタして下さった方々、そしてメッセージのやりとりをして下さった方々…この場を借りて御礼申し上げます。心より感謝致します。ありがとうございました。
m(__)m
母の入院支度をして、私が病院に着いたのは夕方でした。
『肺炎らしいの…。』と母が言いました。
『人一倍、養生して気をつけていたのに、どうして肺炎なんかになっちゃったのよ!』私は憎まれ口を叩き、『明日は仕事だから、明後日また来るね。』と言って帰りました。

翌10月30日(火)午前、病院から電話が来ました。
『今すぐに来て下さい。』母は朝食後、洗面をしていたら倒れたそうです。即刻、脳検査を行いましたが脳に異常はなく、頭部外傷もありませんでした。脳酸欠で気を失っていたのでした。私が病院へ駆けつけた時には母は酸素マスクを付け設備の整った個室に移されていました。

『チャーグストラウス症候群の症状が肺の血管に出ています。最終的には循環器系や呼吸器系に出るのが特徴です。』
医師の言葉が私の胸に突き刺さりました。
『最終的って…何?』

母が倒れてから2週間が経とうとしています。
肺炎の症状を少しでも改善するため、血中酸素濃度を上げるために母は人工的に眠らされたまま今日も治療を受けています。

『奇跡は起こらない。』
母を取り巻く年長者はそう言います。長い人生経験からその言葉が出てくるのでしょう。
でも、私は奇跡を信じて今日も母に寄り添っています。娘の私が奇跡を信じずして、誰が母の奇跡を信じるのでしょうか?
もともと病気がちだった母が喘息と診断されたのは今から12年程前、60才の時でした。それから9年後、チャーグストラウス症候群(アレルギー性肉芽腫性血管炎)を発症しました。初めて耳にした病名に戸惑いと不安を感じながら母の闘病生活が始まりました。最初の入院は3ヶ月でした。始めの2ヶ月はほとんど寝たきりの状態でしたが、退院後の生活に向けてあとの1ヶ月はリハビリに励んでいました。私は入院中はもちろん、退院後も時間が許す限り母と過ごしました。…ところが、母が発症して一年後、私の体調に異変が起きました。介護うつ病と診断されました。ショックでした。実母の介護が原因で私が心の病を患うなんて自分自身が情けなくなりましたが、幸いなことに周りの人たちの理解と協力に支えられ、今こうして私は日常生活に支障なく過ごしています。
母は外出の際には車椅子を使用していましたが、通院時には杖を使い、介護タクシーを利用し、付き添い無しで外出するまでになりました。
症例の少ない病気を患ってしまったけど…それでも、こんな平穏な生活はまだまだずっと続くと思っていました。


10月29日(月)の朝、母から電話が来ました。
『ちょっと動悸がするから介護タクシーで病院へ行ってくるね。帰ったら連絡するから。』
母から電話が来たのは午後2時過ぎでした。
『なんだかね…入院になっちゃったの。入院荷物、持って来てくれる。』
今までも点滴治療やリハビリ治療のために入退院を繰り返していたので、その時は母も私もその後起こる事の重大さなど予想もしていませんでした。