小学校の入学式の前日
私は夕食後しばらくしてから
激痛に襲われた。
軽い冷えからくるものだと思っていたが
冷や汗も大量に出て、吐き気もひどかった。
その後、深夜に再び腹痛が訪れ、排便すればよくなると信じてトイレでしばらく過ごしたが、
便の状態をみて、
私は初めて”生命の余命”ということを意識した。
そのくらいびっくりした。
2人の子を置いて119はできない。
ネットで調べて、24時間ドクターに相談した。
「虚血性大腸炎の可能性が高い」
とのことだった。
それから大腸検査もして、特に生命に別状はないと知るまでに3週間かかり、その間も
ぶり返しが何度も起きた。
もう二度と食べたいものは食べられないのではないかと思うほど、おかゆしか食べられなかった。
あんなに動き回り親子旅をし、旅館のバイキングを堪能し、2カ月に一度は県外へ出てきた生活も、もう一度できるとは思えないほど弱っていた。
未就学児が修了した今年。
小学校の義務教育に縛られ、自由に動けない平日をどう過ごしていくか模索していた矢先の出来事だった。
ちょうど、砂漠の地を農業ができるほどに復活させた中村哲さんの功績がネット上にあがり、受験以来久しぶりに数十時間に及ぶ動画に没頭していた。
そして、いろいろと繋がったのだ。
1️⃣水を取り入れるということ
2️⃣呼吸をして流れ(水路)をつくるということ
私の身体は砂漠化していた。
過集中や悩みごとをしているとき
呼吸が浅くなってると度々マッサージ先で指摘を受けていた。
喉が渇きにくいので、ついつい水を飲むのを忘れてしまう。
それから
3️⃣暴飲暴食をやめること
食べたものでできているとは聞いたことがあるが、
ストレスに任せてガツガツ食べるのではなく本当に食べるものに気をつけようと身をもって学んだ。食べ方もだ。
そして、京都の小学生行方不明の事件のこと。
私は男の子に誓った。
あなたのいのちを決して無駄にはしないからね。
そんな生き方を私は毎日探し続けるから。
今、朝が来て生きていること。
歩けること。
ご飯が食べられること。
子どもたちがそばにいること。
かみしめています。
不登校の姉をもつ下の子の入学。
正直、学校行かなくてもいいと思ってました。
それは周りは許さなくて、苦しかった。
私は付き添い続けて、学校が嫌いになってしまったから。校歌を歌って帰ってくる息子をみても苦しくて悔しくて涙が出てくるほどだった
毎日新一年生だからと、
ほとんど食べられてない身体に鞭をうち
朝の支度、教室までの送り、
ついでに姉の付き添いまで。
さらに
追い打ちをかけるように
別居中のパートナーとのやりとりが苦痛で仕方なかった…。
身体を労わるというより、子どもたちのことばかりで、学校のことばかりで…。
なかなか回復しないのも無理なかった。
結局はまもれるのは私しかいない。
自分でじぶんをまもるしかないのだ。
そうして、
思い切って学校も休んだ。
子どもたちも施設に預けた。
ひとりのじかん。
欲しかった。
子どもたちのご飯の用意も減り
私は今食べられるおかゆ、豆腐、卵を
ゆっくり溶かしながら喉に流してゆく
ひとりになれたとき
やっと
大切なことに気づくのだ。