あらゆる恩の中にあ | この検査科

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中国古典による「一日一言」守屋洋著より

 …天知る?地知る?子知る?我知る?

 後漢王朝の時代、清廉で知られる楊震という人物がいた。東莱群の長官に任命されて赴
任する道中でのこと、むかし目をかけてやった王密おいう男が面会を求め、世話になった
お礼だと言って、金十斤を贈ろうとした。むろん、今後ともよろしくという意味がある。
楊震が断ったところ、王密は、

「こんな夜更け。このことはあなたとわたしの二人だけしか知りませんから」

 と言って置いていこうとする。すると楊震は、

「誰も知らないことはあるまい。まず、天が知っている、地がしってる。それに、そなた
も知ってるし、わしも知ってるではないか{天知る、地知る、子知る、我知る)」
 王密は恥じ入って引き退ったという。

 この話は、楊震の「四知」としてしられている。官職にある者は、このくらいのきびしさ
が望まれるのかもしれない。そしてこれはまた、悪事はいつかは漏れるという教訓でもある。

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 この話は昔読んでいいなあーと思い、心においておきたいものでした。
 そのときは、確か「天知る、地知る、君知る、我知る」でした。意味は同じだわ。

   もう むかし むかしになったな

   わたしが嫁いだとき
   こしのまがったおばあさんがおられた
   おばあさんは心優しく温かい人でした

   嫁ぎなんにも知らない嫁だったわたし
   大家族の中でなれずに難儀なことでした
   おばあさんはいつもかわらぬ優しさ

   おてんとうさまはいつも見ておられる
   守っていて下さるありがたいと手を合わせ
   太陽に月に「なんまんだぶ ありがとう」
   
   若く無知だったわたし
   無知であるかもわからないほどで
   なぜ なぜ 認められないのかと泣いた

   笑い幸せだった日々も遠くなり
   泣いたり、苦しんだ日々は忘れ
   いまの幸せにお礼をいう
   
   おばあさんのように手を合わせ
   なんまんだぶつ ありがとう
   おばあさんがしてたように 老いの日々ゆく
   
   
   

   われわれは、天地の恩、人間の恩、道の恩、教えの恩、
   など、あらゆる恩の中にあります。これは絶えず、報い
   てゆくのが生活であります。
でひたいことりだっ
たちにとって
い茂るは少し
なたにはもう
りやこれは子どもを
オカザキはカズン
ワだったのルツのだ
今日のところは
仕事をしていないと
ばさっと切り落とす