遺族の方々も高齢になり、参列者がずいぶん少なくなったという。

それは長い間、奈良県では殉職者がいないということだ。
身を犠牲にすることは、決して美しい話ではない。
アニメやドラマの感動シーンは、正しい判断を歪めてしまった。

消防団の殉職者慰霊祭で訪れた護国神社には
悲しい時代の写真が飾られている。
なんのために、誰のために
大切な家族を犠牲にしたのか。
平和という言葉は、いつの間にか安全保障とか国益という表現に変わり
罵り合いと威嚇でゲームのように勝ち負けを競う。
馬鹿げた時代はまた繰り返されようとしている。
車で走る帰り道、
目線の先で老女が突然倒れた。
車を止めかけより声をかける。
「オバチャン、大丈夫か?」
最初意識がもうろうとしていだが返事が返って来た。
「私どうなったん?」
頭から出血していたので救急車を呼ぶ。
顔色が蒼白く瞼の下を見ると血の気が無かったので貧血かも知れない。
救急車が到着したので倒れた時の様子を伝える。
「家族の連絡先は?」と聞くと、
息子は遠くに住んでいて、娘さんは携帯にかけるがでない。
年齢は80歳。
家は近所だが独り暮らしだという。
今、職場によっては勤務中は携帯電話不可のところがある。
だが、必要な時に連絡が取れないのは大きな問題だ。
時代は変わって行くのだから、企業の規則も考えないといけない。
救急車のサイレンはすぐに聞こえなくなったが
あのオバチャンのもとへ誰か身内の人は行ってくれるだろうか・・・。