老化が暮らしにどう影響するか、
街歩きの時リッチが話していて、
「詳しく教えて」って言ったら、
週刊朝日の記事だそうです。
第1段階は65才から始まり74才まで。
掃除機をかけるのが億劫になったり、
瓶の蓋をあけられなくなったり、
買い物や予定の内容を正確に
覚えられなくなったり、等々が
書かれていて、この段階では
まだ、なんとかなりそう。
掃除機の代わりに箒があるし
瓶の蓋のオープナーもいろいろあるし、
大事なことは手帳やスマホにメモできそう。
最初は自分の心の準備のために
興味があったのだけど
読み終えてわかったことは、
母の辿った老いの道とほぼ、同じ。
第2段階は75才~84才。
「伴侶の死で1人暮らしが始まり
できないことが増えて生活が縮小する」
そうなのね、母、75才で初めての
1人暮らしが始まったのでした。
最後に母が1人で電車に乗ったのは
多分78か79才の時で、
日暮里で待ち合わせをしたのね。
遅刻魔の母が1時間も前に着いて
「乗り替えに手間取ったら
大変だから早目に家を出た」って。
「え
手間取る
」
私は不思議な気持ちで聞いていた。
いつも「ケッちゃんは田舎者」って。
都内の限られた場所しか出没しない
私に呆れていたのよね。
都会育ちの母はいろんなところを知っていたし、
観劇やグルメやお友達付き合いも
私なんかよりずっと楽しんでいた。
そうだ
余談だけど、子どもの頃
渋谷で忠犬ハチ公
に会っていて
「みんなに焼き鳥もらって食べてたわ」って。
それにその頃、5本指のソックス、
片方はくのに20分かかったのよって。
読んでみると
衣類をまとうことが困難になり
電車・バスの乗り降りが困難になるって。
あと、スーパーでリンゴを買おうと思ったけど
「リンゴ2個が重くて持てなかった」って
言っていたのを覚えている。
お母さんだけができなくなったのかと
思っていたけれど、
みんなそうなんだ・・・とわかりました。
85才以上は第3段階で
何をするにも介助が必要になるみたい。
現在のお母さんだ。
忘れないように書いておこう。
お出かけはもう1人ではできないけれど、
食事やトイレは大丈夫。
・・だけど・・介助をすればとりあえずは
楽しめることがあるから、良かった![]()
今日、妹のサニーちゃんと私と3人、
スーパー銭湯に行く途中、
車の中から3人で紅葉を見ました。
「お姉さん、この道でお願い![]()
きれいだから、通って」と
サニーちゃんに言われて、
国立駅前 大学通りの銀杏並木を
通り抜けました。
「この道がいいって考えてたの
」
やさしげな太陽の光
に輝いて、
キラキラ黄金色の銀杏
が
それはそれは、きれいでした。
「すっかりご無沙汰しちゃっているけど
青山の銀杏並木もきれいでしょうね」と母。
「はーい、きれいだったよー」
と写真を見せました。
「お姉さん、ちゃんと行ってるんだ。
さすが
えらい
」とサニーちゃん。
もしかしたら人生って
いろんな大変なことがあるからこそ
愛おしいものなのだわね、きっと。
今日3人で見た銀杏並木やもみじ、
お母さん、覚えていてくれるかな。


