ルパンの消息(横山秀夫)を読んで | 推理小説・推理ドラマって、どうやってできているの?

推理小説・推理ドラマって、どうやってできているの?

全くの初心者が、推理小説・ドラマについて、読者・視聴者の立場からではなく、小説や脚本を書く立場から、どんなふうに知恵を巡らせて、視聴者の興味を引き付けるのか、その構造や創造のコツについて、作品堪能後に、ああでもない、こうでもないと素朴に考えるブログです。

 

複雑重厚でありながら、特に後半スリリングな展開でした。デビュー作でこの内容はすごいです。

 

■主な登場人物

○同級生三人組・当初の容疑者:喜多芳夫、竜見譲二郎、橘宗一

○相馬弘、秋間(相馬)幸子 ~ 藤原巌刑事部長

○太田ケイ

○学校関係者:嶺舞子(被害者)、日高鮎美、金古茂吉、三ツ寺修

○三億円事件:内海一矢

○警察関係者:構呂木義人、寺尾貢・大友稔

 

■場面設定と語りの視点

●舞子の事件当日から

・語りの視点は基本的に喜多

●取り調べ(15年後)

・語りの視点は主に構呂木

・場合により寺尾

 

■登場人物の関係設定

●舞子を軸とした関係①

○舞子はレズビアン

・レズビアンの同人誌の写真の発見がきっかけ

・同人誌に載っていた文の原稿が遺書に転用される

○舞子と太田ケイとの関係

・隣人女性の証言から太田ケイとの関係が明らかになる(レズビアン)284

○舞子と日高鮎美との関係322

・太田ケイとの関係から類推される

●喜多を軸とした関係

○太田ケイとの関係:恋人

○相馬の妹との関係:なぜか当時から心通じていた(伏線)

●橘を軸とした関係

○喜多・竜見との関係、日高鮎美との関係

○本作の人物設定のキーは橘

・三人組は一体ではない。

・橘と鮎美は恋愛関係(生徒と教師、友達以上恋人未満)

・誤って舞子を殺した鮎美を守るために工作を考えたのは橘

●舞子を軸とした関係②

○舞子と三ツ寺(校長)と太田ケイとの関係

・太田ケイは実は三ツ寺の実の娘

・三ツ寺が舞子にテストの回答を渡していた(秘密の受け渡し場所で)

●相馬を軸とした関係

○相馬と喜多・竜見・橘との関係

・自分だけあだ名がない、三人から疎外されていた …

・舞子の殺害は三人組と推定、それなのに自分が疑われた

○相馬と妹との関係

・妹は後の巡査になった秋間幸子

・幸子は、(少女の時)誤って兄の自殺を助けてしまった思い込み、ずっと自分を責めている

・兄の残したメモを通して三人組を疑う。刑事部長に三人組の情報を提供したのは秋間幸子

○相馬と妹

・第3の軸といったところか

・主軸に絡ませるための要素:捜査のきっかけになる情報提供をする、そのベースに三人組への疑いと恨みがある

●内海を軸とした関係

○喜多・竜見・橘

・喫茶ルパンの店主と顧客という関係(場所の接点のみ)

○舞子の殺人事件との関係

・三億円事件の時効の日に、学校の金庫に隠した五百円札を取りに行った際、舞子の事件を目撃

・三億円事件と舞子の事件の接点は、日にちと場所の偶然。日にち:テストの窃盗が三億円事件の時効の日に実行された、場所:三億円事件の証拠を校長室に隠していたため

・舞子の殺す必要が生じたのは、細工をした金庫に舞子が監禁されていたため(生きていると、金庫を鑑識に調べられる)

○内海の筋

・これが本作の重厚感を増している(二段ロケット)、主軸とこの第二軸との繋がりも自然

●金古を軸とした関係

○鮎美との関係

・金古の盗聴テープに舞子の事件が録音されていた。それをもとに金古は鮎美を脅迫。そのテープが15年後の事件の証拠に。

 

■ストーリーのテーマは何か

●作者にとっては、テーマよりもプロットか

・二段ロケット、2つの大きな事件をどう必然的につなげるか。

・学校、高校生などの場面設定へのこだわりはそれほどない? 一方、青年期の三人が15年後にどれほど違った姿になったかが鮮明に描かれる。

●以下は意識したテーマか

・時効

・時をおいた捜査、2視点での記述(当時の当事者と今の取調べ刑事の視点)

・レズビアン

・教師と生徒(恋愛感情)

・秋間幸子の設定(ストーリーのスタートと終焉、幸子の感情)

 

■ストーリーはどう作ったのか

●実際の事件の流れ(種明かし)

○舞子が鮎美に校長室で迫る、鮎美が誤って舞子を殺害(実は失神のみ)

○鮎美を守るため橘が鮎美に偽装を指示(金庫に舞子の”死体”を入れる)

・徽章を校長室に落とす、その徽章は鮎美が持っていることを生徒は知っている、そのため死体が校長室で見つかることを避ける必要388

○校長室を盗聴していた金古は鮎美を脅迫乱暴

○喜多・竜見・橘が校長室からテストを盗む。その際、橘が金庫で舞子の”死体”を確認(偶然を装う)。実は死体ではなく仮死状態。

○太田ケイより舞子から電話がない旨、連絡を受け学校に来ていた三ツ寺が、竜見の声をきっかけに学校から遁走

○テスト窃盗後に学校に戻った橘が偽装工作(自殺の偽装、二階から投身の偽装)

○金庫から五百円札を取りに来た内海が舞子事件を目撃

○舞子が死んでいないことを知った内海が舞子を五階から落とし殺害、自殺の偽装

●当初わかっていた事実およびそこからのストーリー展開(全ページ439

○舞子が遺書を残し五階から投身自殺。遺書は失恋を伺わせる内容

○検視が十分行われず、警察は自殺と断定

○殺人なら時効の当日となる日、警察に「舞子の事件は自殺ではなく三人組が殺害した」との情報提供があり、捜査開始

○喜多と竜見が比較的早く見つかり、取調べ開始

○喜多の供述から三人組が殺したとの感触が得られない

○しかし当日の三人組の目撃から、舞子自殺を打ち消す事実が出てくる(失恋の相手が見つからない、舞子が金庫から出てきた、… )

○その後の展開

・舞子はレズビアンだった276(全ページの63%時点)

・舞子と最後に目撃された白い靴の女は誰? 学校から遁走したのは誰?

・太田ケイが怪しい?

・鮎美が怪しい?348(79%)

・橘も怪しい?356(81%)

・1時の電話に出たのが舞子かどうかあやしい361(82%)

・鮎美発見、自供377、橘関与など全容明らかに

・鑑識の結果と矛盾400(91%)、鮎美は舞子を殺していない証拠も出る

・金庫のからくりが明らかになり、内海の線が出る406(92%)。その後、内海逮捕

・最後に秋間巡査が自殺した相馬の妹であることが喜多に明かされる(420)。また三人組に関する情報提供者が秋間であることが署長から構呂木に明かされる。

●コメント(まとめ)

○実際の事件では橘がカギになるが、それが最終盤(81%)にならないとわからない。三人組が一体との誘導が巧みに行われる。

○舞子がレズビアンであることが63%時点でわかり、他の女性との関係の推理を根本的に変える必要が生じる。

○校長の三ツ寺の線、金古の線、太田ケイの線などが張られるが、それぞれがストーリー上で一定の役割を果たしながら本筋でないことが示される。

○午前一時に竜見が掛けた電話の相手が舞子だったという“事実” (実は橘の偽装、実際は鮎美)が推理を混乱させる(収束させない)のに有効に機能している。

○タイトルから内海がカギになることは想定できるが、最後の最後(91%)でその線への展開が図られる。金庫の線はやや強引に感じるが、内海の自己顕示欲の強さがそうさせたとの設定である。

○ストーリーの最後に秋間巡査が相馬の妹であることが明かされる。今回の再捜査のきっかけが秋間の情報提供であり、その秋間の思いで物語が閉められる。