私は流産経験が2回あります。
やはり、流産と言うものは、経験した人でしか分からない気持ちがあるのかな、と、思います。
一度目は、28歳の時。仕事がめちゃくちゃ忙しく、8時半くらいから、夕方までトイレに立てない、と言う日がザラでした。
ディーリングルーム勤務者は、新人は七時出社。新聞を読みながら通勤して、モーニングミーティングが七時半から。8時過ぎに席に戻ったら9時にオープンするマーケットの準備、お客さんからの電話が鳴り始めるのが8時半過ぎ。ディーリングフォンは、保留が十個まであって、セールスマンやセールストレーダーが対応出来て無い場合は、光るのでアシスタントの私が、ご機嫌伺いにちょこちょこお相手したり、そのまま注文を貰ったりします。
11時に前場が引けるけど、アシスタントは、約定報告の電話やメール、一時に開く後場の準備があったりしてお昼を食べるのは愚か、気がついたら後場が開いていてそのまま3時のクローズ、その後の後片付けなど、夕方まで電話が鳴りっぱなしでトイレに立てなくなる、なんて日が、突然始まり一か月も続く、と言う様な感じでした。経済市場の動きと完全に連動する、先が読めない仕事です。
ある日、トイレに立った瞬間に後輩のNちゃんが追いかけて来ました。
はなさん、スカートが。
見ると、後ろが鮮血で真っ赤になっていました。椅子も汚して居たけど、黒で分からなかったのですね。スーツの上着で隠して、そのままトイレに行き、Nちゃんに買い物をして来てもらい、後場の仕事を終えました。帰宅してからも出血は止まりません。
婦人科に翌朝行くと、
この出血の量から、恐らく早期自然流産ですね、調べたら分かりますが、赤ちゃんが戻るわけでも無いし、このまま出血が止まるのを待つしか無いので、どうしますか?
その後、通院はしませんでした。
流産。
まだ、若くて実感も無ければ、振り返る心の余裕も無く、仕事に戻ったのを何となく覚えています。ただ、椅子を汚してしまうまで気が付かないほど、忙しかったんだな、と言うか記憶だけが。私のポジションは、トイレを我慢し過ぎて膀胱炎になる女子が多かったです。
私がこんなに仕事頑張ってるのに、
お腹の中で一緒に頑張ってくれなかった
赤ちゃんなんて、いらない。
流産を経験をする、と言う、悲しい気持ちは、若さゆえなのか、仕事に忙殺されて感覚がおかしくなって居たのか、そんな不思議な、母性のカケラも無い気持ちに変換されていました。
しばらくして、その仕事から逃げる様に海外に住む事になり、数年が過ぎます。
二度目の流産は、心音が聞こえてからの8週目。働きながら不妊治療を受けてやっと授かった赤ちゃんでした。
続きます。