
「系」
機織り機一日体験に行った事がある。私と娘と息子の三人で。
縦糸を予め組んである台に、シャトルと言う横糸を絡ませた物を、横に滑らせて、足で踏んでトントンとして、クシで整えると、一列の系が組み合わさる。ひたすら台を踏み続けると、布に出来上がって行く。
まずは縦糸が付いている台、先生が作った物から選ぶ。ほとんど決まっている様なもの。
そして横糸、教室四面の天井まである棚に、ぎっしりとある中から、どれを選んでも良い。二本、三本と重ねても構わない。
トントン、トントンと、機織りのリズムが心地良い。横糸は、随時好きな色に変えて良い。変えることによってグラデーションの様な色合いの布が織り上がって行く。それぞれ、予め貰った縦糸が違うけど、横糸は自らが選ぶので、やはり、「らしい」布が織り上がった。
帰りの車の中、息子が
ママ、今日ってさ、あの歌みたいだったよね。
そう、ママもそう思ってた〜、凄いね、そんな風に思うの。良く思い出したね。
だって歌詞の通りのことしてたよね。
その歌は、中島みゆきさんの「糸」。ウチは、クリス ハートさんのカバーバージョンが好きで、良く聴いていた時だったってのもある。帰りに車で歌いながら帰った。
布を織るのは人生が進んで行くのに似ている。縦糸は、選べなかった環境や親だったり。横糸は、その時、その時に選ぶ自らのパートナーであったり、仕事であったり、その他のこと。あまねく人達に平等に訪れる過ぎる時間は、機織り機を踏み続けること。そうやって、「布」が織り上がって行く。選んだ横糸が違うと思ったら、相当手間がかかるけどやり直す事も出来る。でも何故か、前に進みたいので、違うかな、とは思いつつ、織り進めてしまう感じ。
横糸を選ぶのは難しい。無難にしたければ同じ色でも良いし、凝るのであれば重ねたり、何度も変えたりする。良く考えて選んだ横糸も織り進めて布になってくると、縦糸との相性で、なんか違ったりする。で、また、糸を変えたり。
織り上げた長い「布」。を振り返り、うーん、あの糸は違ったか、と思ったり。
無心に機織り機を踏み続ける感覚。一生懸命に生きるのと似ている気がした。
その「布」は、思った通りに織り上がって無いかも知れない。いや、大島紬の様な、立派なものなのかな。布の途中、横糸が抜けててスカスカの、縦糸だけの所もあったりして。でもその長い「布」は、これまた平等に、最後は燃やされて灰になる。どんな立派な布でも、スカスカなチグハグな布でも。で、残るのは機織り機を踏み続けたって言う時間の記憶だけ。その時、その時、横糸選び取った時の気持ち、とか。
中島 みゆき 「系」
なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語
縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない
なぜ 生きてゆくのかを
迷った日の跡の ささくれ
夢追いかけ走って
ころんだ日の跡の ささくれ
こんな糸が なんになるの
心許なくて ふるえてた風の中
縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない
縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます
