出産疑似体験をしたばかり、ということもあるのですが、
誕生日は、この世に生を受けた日。
自分のお母さんを自分で選んで生まれてくることを決めた自分のために、
お母さんは10月10日のあいだ、どんどん重くなるからだを維持し、
その前にはつわりがあったり、むくんだり、
ときには妊娠に伴うさまざまな症状と戦いながら、
顔を合わせるのを楽しみに過ごすわけです。
陣痛が始まり、いよいよわが子に会える嬉しさとともに
とんでもない痛みや不快に耐え、
がんばってがんばって、わが子を産み落とす。
お母さんからすると、
無事この世に生まれ出たね、おめでとう!!
ですね。
子どもからすると、無事この世に出させてくれてありがとう。
です。
お母さんは、わが子の誕生日を、おめでとう!って祝います。
お誕生会をしてみたり、たくさんごちそうを作ったり。
生まれて〇年、無事に過ごして大きくなったね、と。
子どもに対しておめでとうと言いながら、
そこまでできた自分を認める作業でもありますね。
子どもが大きくなって巣立ってしまっても、
お母さんは子どもの誕生日は忘れません。
嫁になった娘に「誕生日だね、おめでと~」と電話をくれたりもします。
当然、「ありがとう」と娘は返事するわけですが、
お母さんもそれを確認しあうことで、お互いに頑張ってきたことを
二人で認め合うという心の中の儀式になってるのかもしれません。
年を重ねていくにつれ、自分にお誕生日のお祝いの言葉をかけてくれる相手も人数も変わります。
例えば
親→友人→婚姻相手→子ども→孫
という具合です。
ちょうど子どもが大きくなってきて、
独り立ちする前後は、子どもは自分のことで忙しく
結婚相手も仕事などで忙しく
かといって親はもう年老いてしまい、
自分におめでとうと言ってくれる人がいない
なんていう年度がでてくることがあるかもしれません。
ちょっと寂しいですね。
でも誕生日はお母さんにありがとうを言う日
と決めてしまうと、
お母さんへありがとうを伝える
↓
お母さんからおめでとうを言ってもらえる
なんて方程式ができるわけで、
因果法則
ありがとうを言えばありがとうが返ってくる。
それに付属品として、誕生日にありがとうと言えば
もれなくおめでとうがついてくる。
これ、どうです?
今日も一日、素敵にお過ごしください![]()
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