ショートストーリー 第二弾 【前】


 




    

もともと目が見えない訳ではなかった


ただ、だんだんと僕の視力は失われていった。


昨日まで見えていたものが、


ぼやけるよになって、


霞むようになって


今では物と物、


人と人の境界線が無くなって、


そう、


ちょうどポール・セザンヌが描いていたキュービック的な


固形を持たない、


もしくは固形が重なり合ったような、


そんな曖昧な世界が僕の目には映っていた。

 

そんな訳だから、


目から入る情報はなかなか無意味で、


音や触覚を頼りに生きていた。


幸いな事に僕には家族が居たし、


彼等はいつでも僕の味方だった。

 



その日は日差しの柔らかな暖かい日だった。


僕は杖をつきながら近所の公園に行きベンチで日向ぼっこをしていた。


子供たちの走り回る声が聞こえ、


親達の世間話が聞こえてきた。


いつもの日常、いつもの会話。

 



聞こえるか聞こえないかの猫の鳴き声が聞こえたのは、


僕の目が見えなくなっていっていたからだと思う。


うっすらとしたその声の元はベンチの裏の茂みからだった。


僕は声を辿って


四つん這いになりながら掻き分けて手で声の主を探った。

 



手首にふさっとした感触を感じたと思ったら、


に頭を擦りつけられた。


どうやら子猫らしく


掌にすっぽり入るくらいの大きさだった。


撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らした。


親猫が帰ってくるのを待ってみたが、


待てど暮らせど親猫が帰ってくる気配は感じられなかった。


 


そうこうしているうちにすっかり子猫になつかれてしまった。


 


どうしたものか。

 



鳴く間隔も短くなって、


どうやらお腹を空かせているらしい事に思い当たった


ひとまず家に連れて帰る事にして、


着てきたコートのポケットにぽすっと子猫をつっこんだ。


右手で杖をついて、


左手でポケットの子猫が落ちないように確認しながらゆっくり家路に着いた。


家に帰って子猫を家族に見せたら、


その瞬間、


子猫は僕の家族になった。


子猫は与えたミルクの容器に顔ごと突っ込んで、


床をびちゃびちゃにしながら美味しそうに飲んでいた。