なぜか、パパが片付けに興味を持ち始めてます。


自分の服はいらないものをどんどん処分しています。


結婚して10年目。


今まで自分で自分のものを管理することはもちろん、


家のものをどうにかしようなんて言い出したことは一切なかったのに。


私がいくら、一人で家の片づけは全部できない!!と訴えても知らんぷりだったのに。


リビングの半分壊れたオーディオを捨てる話が出てきました。


好きなブランドでとても気に入って買いましたが、ほとんどもう使いません。


音楽はパソコンで今聞くことが多いです。


意外と音がいいんですよねぇ。


うちのオーディオ、まっくろだし、すごく場所取るしなかなか言えなかったけど、


まさかパパから言ってくるとは。


明日お休みなので処分します。


CDもほとんど聞かないのばかりなので処分します。


ということで、空いた部分にモノをしまい始めたら、リビングの棚が一つ必要なくなりました。


棚も処分できそうです。


家からどんどんモノが消えていきます。


でも買いたいものが…


5月にソファを捨てて、新しいものを買おうとしてますが、片付いてから、


という約束と、ちゃんといろいろ考えて買おうとしてるので…


早く買いたい気持ちを抑えつつ、吟味してるところです。


こんなにモノって減らせるんだ、とびっくりです。


本が片付きました。


8割位は捨てて、カラーボックス1つ分だけになりました。


なんてすっきり!


10年以上前から、小説の類は極力図書館で借りてきて読み、


買った場合も、1度読んで、1年以上経ったものはその都度捨てていたので、


ほとんど本は持っていないという認識でしたが、


料理の本、お菓子の本、風水の本、子育ての本、裁縫の本、株の本が主なものでした。


ほとんどいらなかった。


ときめきがなかったものがはっきりしていました。


捨てるまでもないのでとっておいた、程度のものばかりでした。


料理の本もお菓子の本も数冊を残してすべて捨て、風水本と株本は全て捨て、


残ったのは、裁縫と子育ての本でした。


でもまだ捨てられる気がするので、ちょっと未完成のまま。


そのうちまた捨てるかもしれません。




本と一緒に遺跡のようになっていた手紙類も全部捨てました。


高校生の時からの手紙を30歳+?になった今の今までよくとっておいたものです。


手紙だけはどうしても捨てられず、でも見られるのも恥ずかしいので、


大学の時に上京してきた時に一緒に持ってきて、それが10数年たちどんどん増えて、


部屋の一角を整理整頓されるでもなく占領し、放置されていました。


私にとっては最も負担な、決して広げてみたくないポイントでした。


でも、不思議なことに高校生からの手紙はあるけど、


それ以前の手紙はどこにあるのか、全く記憶がないのです。


きっと実家にあり、リフォームの時にでも捨てられたのかもしれませんが…


過去にどれだけ執着していたのでしょう。


捨てもせず、思い出にひたりもせず、ただそこにあるモノと化していただけです。


なぜどんどん筆不精になっていたのか。


ここ数年は、年賀状を書くのも面倒くさくて仕方なかった…。


なぜ手紙を捨てなかったか。


永遠の謎のようですが、いつか私自身で理解できる日が来るのでしょうか。


なんの躊躇もなくごみ袋にどさっと捨てることができました。


その後の気持ちのすっとしたことといったら…




自分のものじゃないけど、どうしても早く終わらせたかった


それと、電化製品の取扱説明書と保証書。


分厚いファイルにぎゅうぎゅうつめていたものを床にどさどさっと出した瞬間から


ほぼごみであることが理解できました。


保険証券や、まだ保証期間が切れていない電化製品以外は全部捨てました。


説明書なんて必要ない、ドライヤー、水筒、自転車、学習机、鍋、、、


ここに書くのも一体何???と思ってしまうものなのに、綺麗にとっておいてありました。


今は持っていないビデオ、冷蔵庫、掃除機、洗濯機。


ごみに占領されたファイルは、それ自体がごみと化してしまいました。




まだまだ、台所も洗面所も手をつけていない…。


この「捨てる」はいつになったら終わるのでしょう。


まだ私のものが終わってないのに、どうしても気になるところを触ってしまう。


そのせいで遅くなっているのもわかってるのに…。


今週はまだ始まったばかり。


学校や幼稚園の行事、予防接種などでなかなかできなかったけれど、


自分のところ、やらなくちゃ。次は裁縫道具を見てみましょう。

まだ小物類が残っていました。


まず、かばん類です。


自分で作ったものや、もらったけど気に入らなかったもの、使い古したもの、


ごみ袋2袋分でした。そんなにたくさんときめかなかった…。


家の中のどこに何のかばんがあるのか全く把握できていなかったから、


今日はあのかばんが使いたいのに見つからない!!!などと


出かける前に、イライラしてたんだなとわかりました。


「1点集中」収納で、クロゼットの一画をかばんコーナーにして、とてもすっきりしました。


かばんを入れるものもかばんでいいって、すごく素敵。


あっという間に片付きました。



その途中で、今まで中途半端だった押入れの整理も終わっちゃいました。


もうお役目の終わったしみのついたかばん、擦り切れたかばんたちに占領されていたスペースを


一掃しただけで、今までしまいようのなかったものが、「カチッと」おさまり、


優等生な押入れになりました。


不思議とその部屋が散らかる気がもうしません。



その上、自分の所だけやらなくちゃいけないのはわかっているのに、


つい手を出してしまったのが、パパと子どもたちの「靴下」です。


うちでも、靴下はもれなく裏返して、引き出しの中をコロコロ転がっていました。


ストッキングもジャガイモみたいになっていました。


でも、konmariさんの本の中にあったように、きちんと二つ折りにすると、


不思議なくらい引き出しを開けた時のすっきり感が全く違うのです。


これには引き出しを開ける度に感動!!まさにときめいています。


靴下を片付けるのが楽しくて仕方ありません。


もうやめられません。どうしてもやらずにはいられませんでした。


私のストッキングと靴下は、今まで別の場所にしまっていたのに、場所が開いたので、


一か所にきれいにおさまってしまいました。



ときめかないのに持っていたもの、エプロンもありました。


仕事柄、かわいいエプロンをたくさん持っていたのですが、


その仕事から遠のいて早6年近く過ぎようとしています。


10枚以上のエプロンを使いもせずに、何で持っていたんだろう?


持っていれば仕事にいつか戻れるような気がしていたから?


今、主婦としての私が着けたいものだけを残して、さよならしました。


ストッキングを靴下のおかげで空いたスペースに、収納として使っていたトランクが半分近く空になりました。


その時素直に思ったこと、


大好きだったかわいいエプロンたち、またいつか違う形で戻ってきて一緒に仕事しようね!


です。




このように、konmariさん風のお別れをすると、すごく前向きになれる気がします。


「モノの意識」まで感じ取れるほどではありませんが、ちゃんと向き合うことがすごく大事だというのが、


やってみるとよくわかるのです。


「モノを眠りから目覚めさせる」ために、床に一度集めると、モノたちが一斉にわいわいがやがや、


これから何が起こるのかしら?みたいに騒ぎ出すんでしょうか。


床一面に集まったものを見ているだけで、いろんな記憶が湧きあがってくることは確かです。


心の中にしまいこんであったものまで溢れてきて、懐かしくて優しい気持ちになれます。


捨てる時も、捨てるって言いたくない、お別れだ、と思えます。


今までただしまいこまれていたものを「解き放つ」ことで


自分もそれをただしまいこんでいた自分自身から「解き放たれる」感覚を味わうことができます。



ちょうど今年は結婚10年目。


去年からいろいろな電化製品が壊れ出し、家具も古ぼけてきて、新しいものが必要になってきています。


そんな節目の年にこの本に出会えたことに感謝しています。



私がこの本を読み終わって黙々と片づけを始めたら、パパも「いらないスーツを捨てたい」と言い出しました。


結婚してから、服を買いはするけど、自分から捨てたいなんて一言も言ったことがない人なのに。


Tシャツも襟ぐりが擦り切れても、私が「捨てていい?」と聞くまで着ている人でした。


パパの引き出しの中には明らかに彼がときめいていないTシャツがあるのを私は知っています。



まだまだ私の所持品には、私の思いがいーっぱいつまったツワモノが揃って私を待ち構えています。


でも、片付け祭りを始めてまだ間もないのに、いつもより進みが早いなと感じています。


子どもが3人いて、毎日ご飯を3回作って大量の洗濯物と日々の片付け、赤ちゃんがいるので授乳して、


オムツを換えて、子どもの話を聞いて勉強を見てあげて買い物に行って…。


何て忙しいの!!と叫びたくなることもありますが、この片付け方法だと、毎日の負担があまりありません。


やるべきことが明確にわかるので、手早く終わるのです。


イライラもしないし、後悔もしないし、どうしようか悩む時間もないし、いいこと尽くめです。



「自分がときめくものだけを残す」


最初に聞いた時にはあまりにも感覚的で理解できるのかなぁと思ったけれど、


一人ひとりどんな生活をしたいかがちがうのだから、片づけ方も一人ひとり違う


っていうことは、究極に好きか嫌いかの判断だけでいいんだ、ということに行きつくんですね。


ものすごく納得して、私もkonmariさんほどではないけど、


だいぶ前から、片付けに関しては悩んで来たので本当に、魔法にかかったみたいに、


自分で魔法をかけてるみたいに片付けが進んでいきます。


楽しいな~と思いながらできるのです。



日々いろんな用事があるので出来る日と出来ない日があるけれど、


「捨てる」は長くかかっても半年、なら何とかなりそう。


私のだけ最初にやる、というのが大事なんですね。


いつも子どもやパパの散らかったものにイライラしていましたが、


私が一番把握できていないのは自分のものでした。


読んでいて恥ずかしくなりましたが、それがわかっただけでイライラしなくなりました。



そんなこんなで本祭りを始める前に、書き留めたかったこと。以上。


次こそ本当に本祭り。