6年前〜岐阜にて〜
東日本大震災の2日前、高熱が出てインフルエンザだと思い込み、仕事を1週間休むことになりました

検査の結果は陰性で、熱もあっという間に下がったのですが、なんとなくだけど胸騒ぎがしていました。
3月11日は病院から帰る途中、掛け持ちしていた職場に寄ったら、テレビを見ていた人から東北で地震だって!!早くテレビ見てー!!って言われて、一気に青ざめました。
すぐに両親や一人暮らしをしている祖母に電話したけど繋がらず、何度目かで祖母の電話が繋がり、父が電話に出ました。
運良く、デイサービスの用事で祖母の家に母と来ていて、3人が一緒にいたのが救いでした

強い揺れがまた来た
家の中は危険だから今から外に逃げる
と父が叫んで電話を切ってから、翌日まで連絡がつかずに、ユッチーおばさんと一晩中眠れずテレビを見ていました。
家の中は危険だから今から外に逃げる
と父が叫んで電話を切ってから、翌日まで連絡がつかずに、ユッチーおばさんと一晩中眠れずテレビを見ていました。沿岸には親戚が大勢いて、震災前のお盆にお墓参りを兼ねて観光に行ったちょうどその付近に、津波が押し寄せているのがテレビに映り、恐怖で一杯でした。
実家は内陸で津波の被害は無いだろうけど、雪が降り氷点下の中でみんな無事なのかとても心配でした。
翌日、両親、祖母の無事が分かり一安心。
本家の叔父さん達は、海から50メートルの所に家があり、たまたま息子(従兄弟)が家にいて背中を押してもらい、水に浸かりながら避難指定場所よりも高い山に逃げて助かりました。
隣家の人達はみんな亡くなってしまったそうで、お盆に釜石で会った親戚も1歳の子供と逃げる途中に流されてしまい、行方不明となりました

母の親戚も財布を忘れて取りに戻った際に津波に流され、友達の両親や前の会社でお世話になった上司も亡くなってしまいました。
1週間の休み明けに(インフルエンザでは無かったのでズル休み
)会社に行き当たり前だけど普通に仕事して、何も無かったかのように時間が流れて。
)会社に行き当たり前だけど普通に仕事して、何も無かったかのように時間が流れて。気持ちの切り替えが出来ずにいたのを思い出しました。
震災1年後、ちょうど津波が押し寄せてきたと思われる時間に腕時計が偶然にも15時20分に止まってしまったのですが、今でも何かのメッセージのような気がしています。
福島に住んでいた友達はメルトダウン後に県外に出て、いまだに帰れていない状況…。
原発は怖い。。。
タツノオトシゴのような雲発見







