「つ、敦賀さんっ!!
お仕事があった筈では…?」



「うん、3本こなしてきたよ。
見送りに来られるように社さんに無理言ってスケジュール弄って貰ったんだ。」



蓮の身体越しに苦笑いする社の姿を見付け、キョーコは漸く納得した。



「…来てくれてありがとうございました。
まだ時間が懸かるけれど…必ず帰ります。
…その時は彼女と一緒に。」



深く頭を下げた蓮に、キョーコも釣られる様につい頭を下げていた。



満足げなローリィと、頭の上に?マークを乗せて首を傾げている社を横にして。



「…3日間、楽しかったよ。
今度は彼と遊びにおいで。
いつでも家族として、大歓迎しよう。
…楽しみに待っているよ。
私達の大切な息子が、花嫁と共に我が家に帰ってくる日を、ね。
キョーコ、彼を頼むよ?
見捨てられたら多分、この子は立ち直れないくらいヘコむ筈だからね?
…今は蓮、と呼んでおこうか。
蓮、絶対に逃がすなよ?
うちの嫁はキョーコ以外認めんからな!?」



日本語を話せなくても聞き取る事は出来るジュリは、クーの言葉に頷いた後、蓮とキョーコにハグしながら呟いた。



〈待っているわ、今は名前を呼べないし、呼んでもらえる環境が整っていないから我慢するけれど…。
でもキョーコを手放す様な事になったら、私、地球の裏側に居たって駆け付けますからね!?〉



クーとジュリの言い種に一方は苦笑しつつ「頑張ります」と宣言し、もう一方はわたわたしながら赤面していた。



「…申し訳ございません、そろそろ…。」



空港職員が促して漸く離れたヒズリ夫妻は、名残惜しそうに手を振ってVIP用の出発ゲートの向こうに消えていった。



「…行っちゃったね…。」



短い別れの時間ではあったが、飾ることなく真っ直ぐに気持ちを伝え合えた事に安堵した様子の蓮を見上げ、キョーコは顔を綻ばせたのだが、直後に蒼白となりガラス張りのロビー全体がビリビリと振動するほどの大絶叫を絞り出した。



「……あああぁあ~っっ!!!!!」



あまりの大絶叫に目を回したのは聞いた経験のない空港職員が数名。


聞いた経験を持つ社やローリィですらよろめいて壁に手をつく始末。


さすがと言うか驚異なのは蓮。



「ど、どうしたの?」



「ど、ど、ど、どさくさ紛れにあのディスクの事を放ったままにしてしまいましたぁあ~っ!!
今さら回収出来ないし、どうしましょう!?」



半泣きのキョーコも可愛いな、等と暢気な事を考えながらも蓮は宥める様に頭を撫でながらちゃんと話を訊こうと先を促した。



「落ち着いて?
一体何のディスクなの?」



「…日本滞在中のご夫妻の記録映像みたいなものだそうです。
具体的な内容は社長さんに伺わないと分かりませんが…3日分余すとこ無く丸々収録してあるとかで…。」



そのキョーコの一言でピンと来たらしい蓮が社の隣に居たローリィに視線を向けると、ローリィは先程ヒズリ夫妻に見せたのと同じ、悪巧みを成功させた悪戯っ子の様な満足げな笑みを浮かべた。



「…だからホームビデオみたいなモンなんだからいいじゃねぇかって言ってんだろ~?
愛息子と未来の嫁さんの初デートの隠し撮りディスクくらい、かわいいモンだと思わねーか?
なぁ蓮よ。」



「…余すとこ無くっていうのはどこまで入ってるんですか…。
よく隠し撮りなんか出来ましたね?
あの勘の良い人相手に…。」



「そりゃもう、俺の選り優り(よりすぐり)の撮影隊を差し向けたからなぁ♪
お前らだって気付かなかっただろうが。
いや~♪いい画が撮れた、電波に載せられないのが勿体無いラブシーンだったって、撮影隊のリーダーがぼやきまくってたぞぉ?」



「…ちゃんとそのディスク、元テープ込みで渡して下さい!!
勿論これ以上コピーもしないでです!!」



3日間イジられすぎたキョーコは、恐らく感情のコントロールが儘ならない状態に陥っていたらしい。


ローリィ相手に容赦無く怨キョを発動させ、金縛り状態にした。


業界で成功し海千山千の狸や狐を相手に渡り歩いて来たローリィも初の体験であった。



「ぬぉっ!?
な、なんだ!?
急に身体が…!!」



「…社長さぁん…?
マスターテープ込みで頂けますよね…?
先生方の分は諦めざるを得ませんけど…社長さんにこれ以上玩具にされるのはごめんこうむりたいですからねぇ…。」



身体が動かない状態で、某ホラー映画の恐怖のヒロイン、〇子も真っ青な生美緒になったキョーコににじりよられたローリィは、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。


そして運と勘で人生を切り開いて来たその勘において悟ったのだった。


障らぬ美緒(キョーコ)に祟りなし、と。



「…わ、分かった。
ちゃんとマスターテープもデータも全部渡すから、わ、悪かった、な…?」


蓮も社も、そして執事の青年も目の前の光景に我が目を疑った。


あのローリィ宝田が、未成年の少女に気圧されて謝るなど、未だ嘗て無かったからだった。








はい、ちょっといつもより字数はいってますがキリのいいところで。