遂にヒズリ夫妻が帰国する日の朝、キョーコはローリィの車で空港に向かっていた。
「…社長さん、最後の格好が着物っていうのはどういう意味があるんでしょうか…。」
真剣な顔をして首を傾げるキョーコに、ローリィは苦笑いするしかなかった。
それはこの3日間散々振り回された結果がもたらした当然の反応だったから。
「何の意図もねぇよ。
クーが言うには、見送りに来てくれるのは嬉しいが、普通の変装じゃこそこそ会うみたいで嫌だとジュリエナが言ったんだとさ。
最後は日本人らしい盛装で見送って欲しいんだと。
次に逢う時までの楽しみに写真撮影もしたいから、ってな。」
そうは言われても…と信じきれない眼差しを向けるキョーコに、ローリィは更に苦笑いした。
搭乗時間が来るまでVIP専用の待合室で待機していたヒズリ夫妻の元にキョーコとローリィがたどり着いたのは、それから20分後の事だった。
《キョーコ!!
ああ、寂しいわ~!!
せっかく逢えたのにもうお別れだなんて!!
いい?必ず家に遊びにいらっしゃい!!
でないと私の寿命はあとどのくらい持つか…。》
《…ジュリ、止めてくれ。
君のその言葉を聞く度に私の寿命が縮んでしまうよ。
私は君に残されるのも嫌だが、君を残して逝くのはもっと嫌なんだからね?》
口癖なのは分かってはいるが、それでも胸が押し潰されそうなんだよ、とクーが告げるとジュリはしゅんとしてうなだれた。
《昨日は申し訳ありませんでした。
夜には戻って1日の報告をする筈でしたのに…。
遅くなりすぎてしまったので結局社長さん経由での電話報告になってしまいました…。》
そんなジュリを気に掛けながらも謝罪の言葉を口にするキョーコに、クーは満足げな笑顔を向けた。
《構わないさ。
それだけ楽しかった、ってことだろう?
…それに…。》
続けようとしたクーを遮る形で、デジカメを笑顔で構えるジュリが声を掛ける。
《あなたぁ~っ!!
飛行機の時間が迫ってるのよ!?
こんなに綺麗になって来てくれたキョーコをカメラに収めずに帰るつもりなの!?
先ずは貴方との記念撮影、そのあと私と撮って、それからボスに頼んで3人よっ!!》
壁に寄りかかって此方を眺めていたローリィを指差しながら既に連写モードで撮影を開始していたジュリに、キョーコとクーは顔を見合わせて苦笑した。
それからはもう、時間が許す限り一大撮影会となっていた。
ブツクサ言いながらもローリィも撮影会に参加し、ヒズリ夫妻の日本滞在の最後のひとときを楽しんでいた。
「…失礼致します。
旦那さま、そろそろ搭乗のお時間です。
それからこちらが仕上がりましたのでお持ちしました。」
ドアをノックして入ってきた執事の青年に差し出しされたディスクに、ローリィは如何にも悪巧みしましたと言わんばかりの笑みを浮かべそれを受け取ると、そのままクーに向かって差し出した。
「…何だ?これは。」
見当もつかなかったのだろうクーは受け取りながら首を傾げた。
そんなクーにローリィは実に愉しそうに言ってのけた。
「土産だ。
この3日間、最上君で遊びまくったお前らのドキュメンタリーフィルムってとこかな。
昨日の最上君のデートもバッチリ余すとこなく収録済みだぞ~☆」
にぃんまり、といやらしい笑みを浮かべたローリィの言葉に嬉しさのあまり紅潮するヒズリ夫妻とは対照的に、キョーコは地獄からの囁きを聞いたかのような蒼白ぶりであった。
「い、い、いつの間に…っって、あ、余すとこなく!?
一体どこから!?
社長さぁん!!」
「甘いぞ最上くん!!
こんな楽しい話をこの私が逃す訳が無いだろうが!!
まぁ心配するな。
クー達にしか渡さないし、ちゃんと君らにもやる。
所謂ホームビデオなんだし、なぁ…。」
ローリィに縋り付いて半泣きになっていたキョーコは、言われた意味が分からずカチン、と固まった。
「…へ?
ホームビデオ…?」
「…なんだ、気が付かなかったのか?
アイツも言ってたろう?
〈4分の3アメリカ人で、両親が有名人だ〉って。
そこの2人を見てて気付かないか?」
ローリィの指差す先には、半分日本人の名優と、金髪碧眼で絶世の美貌を誇る世界的ファッションモデル。
…まさか…。
ぎぎぎ、と軋む音でもしそうな程ぎこちない動きでヒズリ夫妻を見たキョーコに、クーとジュリは笑顔で頷いた。
「~ももも申し訳ございませんん~っ!!
わ、私ごときがご子息とデデデデートなぞぉ…っ!?」
慌てて土下座しようとしたキョーコの下がりかけた肩を、大きな手ががしっと掴んで止めさせた。
「…駄目だよキョーコ。
喩え本人であろうと、俺の大切な君を貶める様な言い方しないで欲しいな。」
振り返って見上げると、そこには昨日想いが通じあったばかりの恋人、敦賀 蓮の姿があった。