能動的三分間
東京事変のニューシングル「能動的三分間」が12月に発売される。
作詞・作曲は椎名林檎。
いよいよ東京事変は再出発と同時に迷走する決意をしたように思える。
前作「娯楽」でようやく曲作りをしないで済む形ができた、と語っていた椎名林檎。しかしここへきてまたバンドとして辿り着いた到達点から後退といったところであろうか?
林檎以外のメンバーはどう思ってんだろうか?結局はボスの考えに右往左往させられてるみたいで、ちょっと情けない。
結局「娯楽」に向けられた、それまで考えられなかったような、また初めてともいえる「椎名林檎批判」を認めてしまった形だ。
インタビューなどでは決して口にはしないが、「娯楽」で受けた批判は彼女のプライドをいたく傷つけたと思う。
しかし最近のソロ活動によって、彼女の表現場所はもはや東京事変だけではないことは証明されている。
だとするならば、東京事変においてはやはり曲作りについては椎名林檎自身はノータッチのスタンスは貫くべきだと思う。
思えばデビューシングル「群青日和」は他メンバー(HZM)による曲だった。この曲はいまだ東京事変の代表曲ともいえる名曲だ。
アルバムも出してツアーもやるようだが、アルバムは林檎と他メンバー半々で曲を書くのかな?
そしてツアーではもうソロの曲はさすがにできませんね・・・(^_^;)。
前回の「娯楽」ツアーはDVDが発売されなかったので、今回はツアーのDVD発売も期待したいです。
亀田大毅:相撲ボクシングの終焉
実は今日のWBC世界タイトルマッチを物凄く楽しみにしていた。
チャンピオン デンカオセーン・カオウィチット VS 挑戦者 亀田大毅の一戦。
感想から言わせてもらうが、亀田は何にも変わってなかった。
いや、態度とかじゃないよ(笑)。ボクシングスタイルが。態度や言葉遣いはホントどーでもいいから。
3Rまでは興味を持って見ることができた。
しかし4R以降は真面目に見る気がなくなった。
とにかくこれほどクリンチが多い試合は久々に見た。2、3発ちょこちょこ打ち合ってはクリンチ。頭をくっつけ合ってはクリンチ。これは最後まで延々と繰り返された。朝青龍の相撲の方がまだ離れて戦ってんじゃないの(笑)?
チャンピオンは終始ボクシングをしようとしない挑戦者に、ボクシングをさせようと苦心し続けていた。それは画面から痛いほどわかった。
亀田は3Rまではかろうじてフットワークらしき動きをしていたようだが、4Rからは完全にノーフットワークのお馴染み「亀田スタイル」を徹底した。
明らかにチャンピオンのボディ攻撃が効いてきた亀田は、3Rまで見せていたバックステップや距離をとっての間合いを封印した。
この時点で相手の攻撃をひたすら亀になることでなんとか耐えるしかなくなってしまったのだ。
たった3Rで実質は戦いから逃げた亀田大毅。
この「亀田スタイル」は両足を前後に大きく開き、腰を極端に低く屈め、顔面を上腕全部で覆うまさに亀状態の戦法。あとはひたすら相手に直接的ににじりより、頭をくっつけて押し相撲。たまにチョンチョンとフックらしき攻撃、そしてクリンチ。またチョンチョン、またクリンチ。この繰り返しである。
実はこのスタイルを貫く限り、亀田がKOされる可能性は低い。ただし相手をKOすることもない。究極につまらない相撲ボクシングがエンドレスで続いてゆくだけだ。
チャンピオンは決して押し込まれてる訳でも、押されてる訳でもない。亀田がひたすら倒されないだけの為のボクシングをする限り、普通のボクシングは出来ないのだ。その証拠にノーガードであっても亀田は攻めてこない。いや、攻められる訳ないのだ。甲羅にひっこんでひたすら直接的に前進してくる相手にボクシングの試合は出来ない。相撲なら取れるかもしれないけどね。
今日、亀田はボクシングを完全に放棄した。倒されることはないかわりに、絶対に勝てない亀田スタイル。これを貫いた亀田は絶対にチャンピオンにはなれない。これがボクシングというなら少なくともプロとしては失格だ。内藤との決定的な違いはそこだ。
よくわからない外人と試合して勝つ時は別人のように軽やかなフットワークを駆使する亀田大毅。
ごまかしのきかないチャンピオンクラスの前ではひたすら「亀」になる亀田大毅。
それは弱い奴には頭が高く、強い奴には限りなく腰が低い、ある意味現実の世間を垣間見るようでもある。
ボクシング界を色んな意味で大いに盛り上げてくれた亀田大毅だが、どうやらこのへんが限界のようだ。
あと、亀田絡みのボクシング中継に必ず解説起用される鬼塚&佐藤。
今日も心底イライラするようなワケワカな亀田贔屓解説だったが(チャンピオンは決して押されてません。ボクシングさせてもらえなかったからだけだからね!ホントはわかってんだろ!)、ボクシング界の発展のために今後は二度と解説しないでくれ。
マジでたのむ
東京事変の今後
年末のCOUNT DOWN JAPANでの再始動が発表されたにもかかわらず、あまりにも反響が少ないような気がする。
原因としては、やっぱりファンの脳裏をかすめるのはアルバム「娯楽」の件だろう。
このアルバムでは椎名林檎が一切曲を書かず、歌詞のみを手がけ、楽曲は他メンバーが担当するという初めての試みであったが、やはり賛否両論の問題作となってしまった。
再始動後もこのスタイルを継続するとなると、ファンとしては複雑だ。
他メンバーの楽曲は決して悪くない。
しかしこの一年間の椎名林檎の見事なソロ復活劇を見せられた後である。
はっきり言って彼女は自分のファン心理をわかってない気がしてならない(いや、十分にわかってると思うけど)。
期待を良い意味で裏切るのもカリスマアーティストの条件かもしれないが、これは少し違うと思う。
東京事変はその始まりからして、メンバーも自分のバンドを掛け持ちしながら集まったバンドだ。
もともとパーソナルなバンドとは成り得ない宿命でもある。バンドというよりもユニットと呼ぶのがふさわしかったと思う。また椎名林檎の「唯一の活動拠点」としてファンは理解していた。
東京事変の迷走の原因は二つだ。
1.「娯楽」を他メンバーの作曲オンリーにしたことで、バンド色を強調してしまったこと
2.椎名林檎のソロ復活で東京事変は「唯一の表現」ではなくなったこと
ここでひとつ提案したい。
一度椎名林檎抜きで、残りのメンバーで東京事変を名乗って行けばどうか?万にひとつも可能性が無いことだとは思うが、個人的には見てみたい。どうせ楽曲も今はメンバーが手がけているのだ。一枚アルバムを作ってみてはどうだろうか?
ボズ・スキャッグスとTOTOみたいに。
★東京事変 活動再開!★
東京事変が年末のCOUNT DOWN JAPANに出演決定![]()
・・・だそうですが、一体どういうつもりなんでしょうか?
去年の「林檎博」から今年はソロとしてシングル「ありあまる富」、アルバム「三文ゴシップ」とすっかりソロ活動を軌道にのせるのかと期待させてくれた林檎女史。
シングル、アルバムともに非常にハイクオリティかつ新しい椎名林檎を見せてくれていただけに、その流れとしてコンサートツアーを期待していた矢先に東京事変で活動再開とは・・・。
自分は林檎ソロ~東京事変~ソロ再開までを実際にライブを体験してきましたが、正直東京事変に関しては「大人」以降は常にイマイチ感がつきまとってたように思います。3枚目のアルバム「娯楽」、DVDシングル「閃光少女」では煮詰まりきっていたように思えてなりません。
実際、事変休止後の「林檎博」で魅せた圧倒的なパフォーマンスにはそのへんのアーティストなど相手にならない超一流の凄さがありましたし、アルバム「三文ゴシップ」の楽曲にはその才能の前に打ちのめされてしまいました。
年末のCOUNT DOWN JAPANでは「三文ゴシップ」の曲をやるとは思えません(「丸の内~」とかは別として・・・)。
しかし、こうなってくると「三文ゴシップ」の曲をライブで聴きたかったと切に思わずにはいられません。
今後の椎名林檎(東京事変)の動向には注目しますが、彼女が一体どういう方向に向かってるのかがまるで理解できなくなりました。
再スタートの事変のシングルのタイトルは「迷走」とかでいいんじゃないでしょうか
?
ああ、でもまた曲はメンバーまかせで歌詞だけ書くんかいなー・・
なんだかなー・・・・・



