今日はミラノの話ではありません。

 

先日、こちらのトピックを読みました。

 

 

志茂田さんといえば、わたしの印象は子供の頃に笑っていいともに出てた面白い格好をしているおじさん。近所で見かけたこともありました。作品を読んだことはありません。

車椅子生活をされているのは知りませんでした。この文章を読んで、とても頭が良く魅力的な考え方を持った人なんだなということを初めて知りました。素晴らしいなと思った点を端的に書くと、

 

・81歳という年齢の志茂田さんの若者への視線、興味

(歳をとると最近の若者は、、、となりそうなところの真逆)

・とても自然に前向きなところ

(健康面で制約がある中でもできることを楽しんでいるのが伝わる)

 

常に素直に「今」を生きている人なんだろうなという印象を受けました。

 

特に、若者への視線について書いてみます。

彼の文章の中では「Z世代の中でも特に中学生以下」の存在について言及しています。「Z世代」というのはマーケティング用語として使われ始めたもの(Y世代とかミレニアル世代とかα世代とかの一連の)だと思いますが、1990年代以降生まれの世代を指すようです。特に今の中学生以下ということで、我が家の娘はこの世代にあたります。一括りにされている世代の中でもそれぞれ生まれ育った環境や経験から全く違った個性や考え方がある人たちがいるということは言わずもがなですが、その世代の空気感というのがやはり存在するのでしょう。

 

現在思春期に差し掛かっているということもあるのか、常々、考えてることがよくわからないと思うことや、会話が噛み合わないと思うことがたくさん出てきていますが、親子という関係で一対一で向き合っているときだけではなく、友達同士で過ごしているときや友達とZoomをしているときの子供達同士の様子を見ていても「???」と不思議に思うことがたまにあります。

その違和感や不思議の正体の一つが世代間ギャップによるものなのかもしれないな、と思いました。

 

もちろん別々の人間として自分と違うことからきている部分もあるでしょう。子供は自分とは別の人格で別の人間なんだと思って育てようとしてきたにもかかわらず、「自分の時はこうではなかった」「この会話にその反応?」「こういう場面でその過ごし方?」という、結局自分と比較したり自分の期待を基準として評価してしまっていることををしばしば感じます(言葉にして出してしまう時もあります。)

 

ただ、自分の子供にそうやって感じることを今まで仲のいいお母さんと話したことがありますが、「それわかる」「うちもだよ」となることも結構あるんですよね。お母さんたちの個性も自分とは違う。子供たちの個性もみんな違う。それでも感じる、小さいけど確実にある共通の違和感のいくつかは、もしかしたら世代間ギャップとして完全に違う土俵にいる相手だから生まれていることなのかな、と思いました。

 

別の人間だから、という理由に加えて、世代背景が違うんだからということで、すんなり分かり合えないことがあってもそれが自然なんだ、まずはそこから始めよう、という前提。私たちが私たちの親に対してでさえギャップを感じることはありますが、多分それよりも大きく違う世代なのかもしれないのですね。それを常に意識するとういうのはなんか違って(全部の問題をそこに帰結させるつもりはもちろんないので)、それよりは何か引っ掛かる時にそのことも思い出してみるという感じでしょうか。そこからより理解するために対話ができれば良いなと思います。

 

親から受ける影響は大きいけれど、娘の生きていく同世代の空気感の中から醸成される価値観がこれからもっともっと作られていくのだろうと思います。若い世代の価値観を理解することは、世の中がどう変化したのかを知ることにもなるでしょう。

 

自分から見て「わからない」ことや「異質」なことに対して、負の反応や態度をとってしまうことは誰にでもあると思うのですが、できれば前向きな興味・好奇心やあたたかい視点というのを失わずにいたいと志茂田さんの文章を読んで思いました。これから自分もどんどん年老いていくわけですが、「これだから最近の。。。」みたいなことは言いたくないなぁと思っています。笑

 

志茂田さんは作家という職業柄好奇心が旺盛な点もあるだろうし、むしろ逆で好奇心が旺盛で色々インプットしたことをアウトプットする手段として作家という職業を選ばれたのかもしれませんね。作品を読んだことがなく、作風を知らないのですが、今度リンクで紹介されていた本を読んでみようかなと思いました。