トムクルーズよ、ここまでするか。。。

 

映画の最後には涙が勝手に涙が流れていた

 

映画の中にはイーサン(トムクルーズ)が救えなかったあらゆる女性の存在が回想シーンで出てくる

 

ミッションインポッシブルは映画だけど

 

現実にこのような過酷で危険なミッションを影で実行している人がたくさん存在している

 

私はなぜこの人たちはこんなにここまで命の危険を冒してでも助けようとするのだろうか?

 

そしてなぜたくさんの人たちはこのような物語に夢中になるのだろうか?

 

そしてミッションインポッシブルシリーズ、何話あるんだっけ?

 

それくらい、タケノコみたいに永遠に悪い奴らは出てくる

 

今住んでいるところの駐車場に野良犬が住み着いている

 

その女の子は子供を1匹連れてここに辿り着いたらしい

 

大家さんによると

 

近所の家に飼われていたらしいが、虐待にあい、もう1匹いた子供犬はなぶり殺されてしまったらしい

 

命からがらここに辿り着いたのだそう

 

そしてここは集合住宅だから何人かは彼女を忌み嫌うけど

 

私も含めてご飯をあげたり、撫でてあげたり

 

彼女にとったら、だいぶマシなところに違いない

 

ある日の朝、彼女はブルブル震えていた

 

雨が続き、体が冷え切っていたのか

 

足腰も立たないくらい体が冷えていた

 

助けてあげたい

 

でもペットの禁止の物件であるし

 

彼女を引き取るとなると

 

色々手続き、手術など

 

そして何よりも出張の多い私や旦那さんが

 

彼女の面倒は到底見れない

 

でも彼女を救いたい

 

そんな気持ちが湧いてくる

 

ある日、ヒーリングの講座の紹介がyoutubeの広告で入ってきて

 

なんとなく体験説明会に参加してみる

 

内容がいまいちわからない講座に対し100万近くかかる講座代金

 

諦める

 

「なんでこの説明会に参加したんやろう?」

 

すると、すーっと母親の不幸そうな顔が見えるある光景が見えてきた

 

私はまだ小さい

 

いつも人生罪悪感を抱えていた

 

私は

 

母親を救いたかった

 

でも小さかったから救えなかった

 

だから心に十字架を無意識に背負ってしまったのではないかと

 

そしてそれから私の人生には

 

可哀想な人が集まる環境となってしまった

 

救われたい人たちが

 

群がるように

 

この講座をなぜ受けたいと思ったのか

 

それは

 

目の前の野良犬の彼女を救いたかった

 

のではなく

 

母親を救いたかったのではなく

 

私を救いたかったのだ

 

私を罪悪感から

 

私を使命感から

 

解放してあげたかった

 

私の背負っている十字架に

 

気付かせるために

 

周りの存在が

 

命をかけて

 

色々見せてくれていたのだ

 

今まではその可哀想な存在をなんとかしてあげようと

 

必死に生きてきたような気がする

 

でも、そうじゃない

 

自分だったんだ

 

救われたかったのは

 

この世は愛に満ち溢れているのだな

 

心の傷があると

 

それが見えない