楽しい気持ちは本物ですか。

骨壷に骨を収める時の後悔は誰のためですか。

もっとああすればよかった。

あの時あんな事しなきゃよかった。

もっとそばに居てあげればよかった。

それってほんとに亡くなった彼女のためを思ってたかな。

自分のことばっかだったりしないかな。

とても悲しくて、

涙が出てきて、

でもその涙はなんだか芝居みたいに思えて。

兄がいて婚約者がいて母がいて。

わたし、ほんとに心の涙だった?

勝手な後悔だった?

最後を看取れず後悔もあって

申し訳なくてさみしくて悲しくて。

幸せになっちゃいけない気もして。

なのに命日を何日かしっかり分からないし。

お墓も、ぜんぜん行けてない。

どうでもいいはずない。

けど、

怖い。

楽しんじゃいけない。楽しまなくちゃいけない。

楽しみたい。

自分の人生を時間を生きるべきだ。

彼女が発するメッセージなんかない。

だって骨だもん。

地面の下にカルシウムがあるだけ。

もう彼女は私に何も言わない。

言われる気がするのは後ろめたさが言葉になるだけ。

べきとかしたいとか何もかもは自分の中身。

せい、にしたくない。

真っ白で軽くて脆くて、

カタチに残ってたどこの部分か分からない骨を

(これは腰です、これは喉です、とか言ってくれたけど真実はわからないから)

箸でつまみ上げて部分が粉になって。

嬉しそうに寄ってきてたことも、

わたしがおいしそうに食べてるものを見つめた目も

思い出したら悲しい。

幸せって、あれだった。

今ないけど、

違う幸せはきっと側にある。

今ないけどって未来に思って見て、

過去となる今の幸せは見えるのかな。

遅すぎることはないなんて言うけど、

今、知っていたい。

大切にしたい。

瞬間瞬間を、

偽善でもいい、善い状態で見つめて行く。
ゆだねること。

睡魔の誘いは甘く受ける。

たゆたう。

とろける。

無理をしないことが一番優雅。