テレビをつけてみた。
日曜美術館。

李禹煥

僕の作品を見て立ち止まって、隙間を空けて何かしらを感じてもらえれば。

その思いはただそのままだなと感じます。

わたしが感じること、それは息を詰めているとどこかに行くんですよね。

あなたもそうですか?

ユーモア、真面目さ、どこへ行くのか…気づく余裕は、敢えて意識してこそ作られる気がするんです。

めいっぱい努力をできることは尊いけれど、タンスも人間関係も時間も、余裕がなければ新しいものは生まれません。

芸術家は、命を表現しながら人の命を伸ばしますね。

行きたいな、そこに。

稼ぐということは作り出すこと。

価値創造、それは物質だけじゃなく。

企業に所属していてもいなくても。

総合職一般職?

なんだろうそれは。

昇進がどうのこうの以前に自分がなにをどんな風によくして行けるのか。

言い訳は置いておいて、やるんだ。

といっても精神論だけじゃ動けない!

とは言えまず精神力ありき。

グループの中でそれぞれ今までの傾向を個々に当てはめることは致し方ないのかな?

嵌められる。

合理的、か。

傾向と対策がなければ私たちは何を元に構築して行くのかというと心もとない。

男女?

いまのわたしにできることは。

やる気を削がれることなくやるのみ。

予言の自己成就って、おもしろいですね。

根拠はなくても実現するんですって。

周りの思うことを読み取ってやっていってしまうことがある。

予定調和とでも言おうか、

私たちは自分がなりたいようにしかならない。

就業、大きく自身を作り上げる。

それは組織に属するというのではなくて、ライフミッションという感じのもの。

正規雇用、非正規労働者、主婦…こどもや家族を思って幅が狭まるのなら、それは枷にしているのは自分でしょ。

やらなきゃやめなきゃは主観!

健康でいよう。

目の前の作業をばかにしないで。

丁寧に誠実に。

それは人付き合いのよう、仕事も生き物ですね。

どうだろう、明日のわたしは。

今日のミスを栄養にして、手を変え切り口を変えて見てやって作る!

寝顔がいつもリラックスしているように。

明け方寒さで起きないように。

ライフワークメンタルバランス。

理解してもらいたいなら理解して実践していく。

日々の足元を一歩ずつ踏み締めるととそれが道になる。

道を作る。

毎日を当たり前と思わず、いろんな見方をしよう。

管理。改善。

スケジュールは自分次第!
容姿コンプレックスはどんな立場でも体型でも顔立ちでも感じるもの。

美しい基準は相対的なものでしょうか?

やっぱり絶対的なものでしょうか?

自身の体質も体型も、

一番自分にとっていい状態ってあると思う。

パーフェクトってなんだろう。

楽になれるのは、自分を好きになること。

自分を好きになるのは難しいこと。

わたしの良さをわたしが知らなきゃ意味ないじゃない?

ファッションは中身を見せるもので中身をグレードアップするもの。

痩せたい気持ちはやっぱりあるの。

きれいになりたい。

それはどうして?

偏ってる。

と、言えば言える。

わたし、ここのところ食欲がおかしかった。

枠に嵌めて悲しいなら食べられないはずって思ってみたり。

いらいらするなら食べて発散しなきゃって思ってみたり。

自分の力がわからなくて、

悩んで寂しくて。

恥ずかしいけれど、

失くした恋に執着してる、まだ。

だから。

彼の求めた華奢な体や幼げな愛らしさを。

求めてる。

ぽっちゃりでがっちりでキツイ顔立ちの自分に泣けてしまって。

ううん。

ぽっちゃりでがっちりなんて生ぬるいお腹周りに二の腕!

基準は、他人であっていいことないよ。

わたしの中の何がそんなに他人基準にさせるの?

今日のスーパープレゼンテーションTEDを見て、気持ちがふっと楽になった。

Cameron Russellさんというモデルさんが、得してきた自身の外見を以ってプレゼンしていたんです。

外見からの解放は人には難しいけど。

それがどんなに虚しいことか、心に染み込みました。

差別はあってはならないけれど、厳然たる現実としてある。

それを分かって、知っていて、加工された固められた美を超えた個性を人間性を大切にしたい思い。

ああ、わたしはわたし。

白人の美しさ、アジアンの美しさ。

若い乙女の輝き、時を重ねた人の輝き。

無知の可能性と、知性を吸収し続ける可能性。

どれもが素晴らしい。

カレイの切り身と椎茸を、スチーマーに入れてめんつゆで蒸して食べた。

食べて。

自分を大切にして。

リラックスして愛していつか自分を基準にさせるの。

わたしのコンプレックスはわたしを知るいい機会。

J'ai bien mange!