機能不全家族って言葉、大人になってから知ったけど、

調べれば調べるほど、これって私が育った家の事だ真顔

 

特に当てはまっていた特徴は・・

  • 親が子供を、自分の持ち物と捉えている
  • 子どもへの愛情が条件付き
  • 物理的、精神的な虐待がある
  • 家庭内が常に緊張状態
細かい出来事はたくさんあるけど、
はっきり言えるのは、
実家で、心から”ほっ照れ”と安心してくつろいだ事がない
物心ついた時から実家を出るまで、
家の中にいる間は常に他の家族の物音にビクビクし、常に気を張って過ごしていました。
ちょっと楽しい時間があっても、すぐに祖父が機嫌を悪くして怒鳴り始める家だったんです。
 
私が育った実家の家族構成は、年齢順に
  1. 母方の祖父
  2. 母方の祖母
  3. 母の妹(真ん中の)
  4. 母の妹(末っ子)
  5. 私の妹(真ん中の)
  6. 私の妹(末っ子)

でした。

この実家での生活で、生きていくのに苦労する概念をたくさん吸収しました。

こうやって見ると、母も私も三人姉妹の長女です。

ここに、ヒントがありました。

 

母が、私に対してしてきた言動はすべて、

母自身が自分の親にやられていた事だったのです

特に、「長女が家を継がなければいけない」という謎ルール

しかも、普通の家で、名家でもなければ、自営業で商売をやっている訳でもありませんでした。

母が、実家に居たくないと思ったら、実家から出て暮らす方法もあったんです。

だけど、母は結婚後も実家で暮らす決断をした。

たとえ、イヤイヤだったとしても、それはその時の母の決断だったんです。

 

私自身も小学校のころから、祖母と母に「モモは長女だから家を継ぐんだよ」と何回も言われたけど、

その時はすでに実家に絶望していたので、”それなら死んだ方がマシ”と本気で思ってました。

 

祖父祖母の言動を思い返すと、幼少期の母にとっても、実家は居心地がいい場所ではなかっただろうなと思います。

それでも母は、実家に残って、ストレスをため続け、その捌け口が私でしたゲロー

 

今思うと、家族っていうより主従関係でした。

常に監視がある牢屋に入ってる気分。

だけどね、その牢屋には鍵なんてかかってなかったんだよニコニコ

自分が出たいと思ったら、いつでも好きなところへ出ていけたんだよウインク

いくら周りが私に命令しても、

私の人生の進路を決める権利は、私が持っているんだから。

”被害者”の囚人服を脱ぎ棄てて、

唯一無二の人生を、

私の意思で生きよう音譜