もう既に、火星には火星の人(多分、氷河期以前の我々の祖先)が、どうも住んでるらしい。見た人がいる様なのだ。しかも我々の様に、重い装備等、全くして居なく、極普通にスマートな格好の様だ。重力がかなり違うので、地球に来たとしたら、凄く辛いだろう。唯、一つ云える事は、我々とは違って、賢さと先進性だけでは無く、思い遣りと優しさに溢れている事であろう。つまり、馬鹿な事(我々地球人を殺しに来るとか、戦争を仕掛けてくる様な事等)は全く無いだろう。只、研究や、我々が野蛮人ではないか、色々と調べているだけであろう。これからそう遠くない未来に、氷河期が来るみたいだし、インドの急激な人口増加、資源の枯渇が想定されるので、又地球人である我々も、何とか住める星に50%程は、行く事に成るであろう。果たして、間に合うのだろうか?

東洋哲学では、決してロボットや、アンドロイドに魂が宿る事は無い。例え、人間の脳の記憶を全て覚えさせても、その人が、生き返る事等無い。確かに、素粒子まで分解すれば同じと云う学者も居る事だろう。しかし、元々命の無い物(例えば、石コロ、鉄、シリコン等の無機物)と、命の有る物(草木、動物、人等の有機物)とは違う。又、死んだ人は、次に生まれる時は、体を新しくするだけで、今世と同じ様な人生が待っているのだ。これが、因果の理法なのである。嫌な人生だったならば、今世の内に変えるしか無いのだ。これを宿命転換と云う。なので、科学者や、物理学者、秘密結社の方々が、いくら人の記憶を全てコンピュータに覚えさせても、命、魂が宿る事等無い。但し、人の持つ力を飛躍的に向上させる事(サイボーグ化等)は可能では有る。