2週間後の休日の2時ごろ、私たちは出かけた。


片道2時間。

ペーパードライバーの私にしては、かなりの強行軍。


そして、高齢の義父にとってもかなりの無茶だった。



92歳で未亡人になった義理の伯母さんは

時折涙を流しながら

入院中の様子を話してくれた。



義父の兄の家について、しばらく個人を懐かしむ話をし、

しばらくして、義父が

「体がつらい」と言い出した。


横になるかと勧められたが、

私たちは帰ることにした。



家に帰ったのも、やはり2時間後。


夜8時ぐらいになっていただろうか。



車から降りようとした義父がおかしい。

固まったまま、動こうとしない。

うつろな目をして、ぼーっとしている。


見かねた夫が抱きかかえてマンションのエントランスまで運んだが、

やはりそこでも動けずに、


今度は膝を折ってガタガタ震えだした。


「寒い」


そういった後、

義父はまるで人形のように動かなくなってしまった。

夫が仕事を辞めた次の日。


義父のお兄さんが亡くなった。

98歳だった。


義父とその10歳以上も違うお兄さんは、とても仲が良かったらしい。

私も何度かお会いした。


お兄さんの家は遠い。

義父は86歳。

とてもじゃないけど一人で電車を乗り継いで行かせるには遠すぎる。


まして、このときの義父は、徒歩10分の病院に行くのですら

一人で行かせれば、必ず転んで帰ってきた。


見かねて、病院には私が土曜日に付き添って一緒に行っていた。

それでも倍以上の時間をかけ、よろよろ危うく歩くような、そんな状態だった。


でも、夫は車を運転できない。


車を運転できるのは私だけだが、私は筋金入りのペーパードライバー。


ちょうどそのとき、夫は会社にどうしてもはずせない最後の用事があったので

結局ペーパードライバーの私と

認知症が疑われ、体も不自由な義父が

一緒に遠出するのは無理だろうという判断から


義父は兄の葬式にも通夜にも

出ることは出来なかったのだった。



今思うと、

このまま行かずに、東京で手を合わせていたほうが

もしかしたらよかったのかもしれない。



それでも、夫の最後の仕事が落ち着き、土曜日にお墓参りにいきましょうと言った時

義父は嬉しそうだった。

4月に夫が失業した。


夫の年齢は40歳。


29歳のときに転職し、現在の業界に入り、10年間ほど営業職をやってきた夫は

とりあえず人脈はある模様。


でも、彼は「もういい年だから起業したい」といった。


そこであせったのは私。


私たちが結婚したのは、去年の5月。

そして、すったもんだの上、私が家計を握ることになったのが今年の1月。

夫が失業したのは4月の頭。


たった3ヵ月では貯金もくそもない。

まして、夫は貯金という概念が無く、散財ばかり。

夫にも貯金はなかった。


一応私は正社員で働いていたが、

それでも私の給料だけでは、家賃さえ支払えない。


私「生活費はどうするの?」

夫「なんとかするよ」


なんとか…なるんだろうか?


不安はありましたが、引越しすらできない状況では何も言えず…。

何とかするというのだからと、夫を信用することにしたのだった。