今日の新聞記事。

2005年の婚姻件数の4分の1は再婚同士か

一方が再婚という数字になったとのこと。

記事はそれに伴い、女性の姓を選ぶ割合が増えている

その理由を探る記事であった。

姓の選択の話題はおいておくとして。


4分の1。

2005年の統計だから、今はもっと増えつつあるのか?

4組に1組が再婚。

幸せそな家族の様子を街で見かけると、

ついつい見てしまう自分がいる。

そして、自分では手に入らなかったその家族を

嫉妬するというか、落ち込むというかそんな気持ちにもなる。

特に小さな子どもを抱く夫婦を見ると辛い。


でも、私が嫉妬し憧れる夫婦の中にも

再婚者がいるとうことになるのだろうか。


外見では分からない。


人の心の中にある辛い経験は他人には分からない。


自分ばかりが辛いのではない。

きっとそうなんだろう。





新たな職場では、私が離婚経験者であることを

どうやらみんなは知らないらしい。


とはいえトップは知っている。

3月の採用前の面接で全て話したからだ。

でもそのあと異動でトップが変わった。

どこまで私の話が新しい人に伝わっているか分からなかった。


1ヶ月半働いて、一般の職員は

私の過去は知らないんだな、という感じを得た。

別に特段隠すつもりもないけど、

自分から公にすることでもない。

できることなら、無用なことは避けたい。


ところが、ちょっとした不都合が生じた。

だが、私の過去をまわりの人が知らない以上

誰にそれを相談して良いのか分からなかった。

仕方なくその問題を放置すること1ヶ月。

いよいよ不都合が現実的になってきた。


で、迷ったあげく、トップの部屋を訪ねた。

事情を話した。

おそらく私が離婚したということは

前任者から伝わってはいた様子。

私が嫌な思いをしないように

これからの手だてを考えてくれた。


トップになるだけあって、その対応に

人格者なんだな、って感じた。

いい人でよかった。


それは良かったんだけど

やっぱり、離婚がらみの自分の過去を話すと

すぐに涙があふれてきて

自分の感情が乱れる。


普段どんなに気丈に振る舞い

大丈夫と踏ん張っていても

でもやっぱり、この話題は自分にとって

だめなんだな、乗り越えられないんだな

そう感じた。


思い出すだけで、3秒で泣ける。


自分の過去を、過去として笑って話せる

そんな日が来るのだろうか?

新たな仕事にも慣れた。

離婚に伴う、いろんな辛いことや

辛い話題も、なるだけ流して

痛みを感じないようにしてきた。

時間は過ぎていく。

日々の生活は流れる。


ふと、なんの為にこれから生きていくのか

自分はどこに向かえば良いのか

不安と寂寥感となんともいえない感情に襲われる。


このまま痛みに耐え続けた人生を過ごすのか。


離婚後すごく悩んだ時期にいろいろ考えた。

その時に、そもそも人生とは辛いものだ、という考え方に本か何かで触れた。

人生が楽しい、幸せと思っているから、

現実にそうじゃないことに立ち向かえない。

そうじゃなくて、生きるということは、そもそも辛いことだ、と。


そう考えると、辛くても投げ出してはいけない、そう思う。



離婚してここまで立ち直った、だから大丈夫

これからもやっていける、と言う自分と、

離婚した傷を背負い、

これから先なにがあるのだ、と思う自分。


この二人の自分をいったり、きたり。



下を見れば、自分より辛い思いをしている人

困ったいる人はたくさんいる。


そう思う自分もいる。だからがんばれ、と。

でもそれもなんだか、だよね。