夫婦のみらいの形が消えていた時期 | 〜人と人の温もりを繋いで紡いでいく〜今を最幸に生きる、あたためメッセンジャー尚美のブログ。

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毎日時間に追われて気がつけば47歳を迎えようとしています。マンモで影が発覚するも、「いつか影が消える」と感情と向き合い、自分を癒やしているうちに温めに出会いあたためメッセンジャーとして皆さんに温めを伝える活動をスタートしました。毎日一生懸命に生きています。

私は決して完璧ではありません。
むしろ抜け抜け。
物忘れは激しいし、
家計ももうよく分からない(笑)


だけど、

お母さんみたいにちゃんと
【お母さん】したかった私もいました。
反抗もしたし、嫌いな時期もあったけど
やっぱりお母さん大好き。
46歳になっても一ミリも変わりません照れ

私のお母さんはちっちゃくて頑張り屋。
でも負けず嫌い。弱音は吐かない。
お父さんは完璧主義で今思えば気が小さくて
思い通りにならないと
お母さんに手をあげることもありました。

私は怯えて暗い部屋で泣くことしか出来なかった。
お母さんをお父さんから守れなかった。

私はお互いに大事にし合える夫婦になろう!

小さいなおちゃんはそうやって理想の夫婦像を
大切に育んでいました。

【わたしは完璧】の鎧をかぶった私。
本当に重たい鎧を着て
良くやったと思います。

したの息子が生まれた時は
人生のどん底にいました。
大好きなお母さんが私の出産直前に病気になり入院。

夫婦で会社を辞めざるを得なかった時期。
夫婦で無職。
先の見えない日々。

そうして生まれた下の息子。

義母にも甘えられず
父と弟の食事の世話。
手術した母の付き添い。
高額な医療費の支払い。
不安定な旦那様を抱えた真っ暗闇でした。

大好きなお母さんを失うかもしれない
失望感は、本当に長いトンネルに居たような
そんな時期でした。

小さい頃育んだ理想の夫婦像なんて
もう、どこにもありません。