石巻で津波で家をなくし家のアパートに引っ越してきたおじさんが昨夜なくなりました。

夫の転勤で家族で引っ越した時に、駿が毎日遊びに行っていて(2歳~6歳まで)大きくなっても休みごと泊まりに行ったりしてました。子供がいらっしゃらないご夫婦の孫のようにしていただきました。


そのおじさん、去年の9月に末期のがんで余命3カ月を宣告されてました。

私も12月にお別れに行き駿も冬休みにお別れに行きました。


それが3月の津波で家を流され、通っていた病院も被災してしまいました。

たまたま、仙台の病院に紹介されホテルにいるときに生存がわかりました。


おじさんに電話がつながった時、「駿の家のアパート空いてな~い?」と聞かれました。ちょうど前日に1部屋あいて入居することが決まりました。


アパートを建てるのも、たまたま優駿母がハウスメーカーの展示場で受付のアルバイトしたことがきっかけでした。

住宅地に1枚だけ田んぼがあったのでそれの有効利用ということで大借金して建てました。


駿がそのご夫婦にかわいがっていただいたのも縁、家がアパートを建てそのアパートにご夫婦が引っ越してきたのも縁不思議な気がします。


最後は在宅での末期医療を選択して身内の方々と一緒に私と駿も一緒に看取りました。

駿が帰宅した時、最後に駿がおじさんに合うかどうか私が話していたとき、おばさんが駿にどうするか聞きに来ました。駿は見送ると言いました。


前日JAMに出かけるの躊躇する気持ちもあったけど、おじさんおばさんがぜひ行ってくるように言ってもらいました。

1日待ってくれて、最後お別れもきちんとできたのでよかったです。


小さいときから駿がお世話になったりかわいがってもらった御恩を少しだけ返せたかなと思ってます。