早いもので地震から3週間以上過ぎました。
私のところは、ライフラインも整い日常が戻ってきたように感じますが、海の近くに行くとまだまだのようです。
津波にあった友達知り合いも最初生きているだけでよかったのが、だんだん現実が見えてきているようです。
今年、東京の大学を卒業し就職が決まった息子がいる友達は実家にお世話になってます。
だんなさんは漁協に勤めてるけど組合員の多くが船や養殖施設をなくしたのでリストラされるかもと言ってます。
なんか、そんな弱気な友を見たことなかったので、
「今年息子さん就職決まってよかったね。就職浪人しなくて良かったね。娘さんもあと1年頑張ったら看護婦になれるんだものがんばれ」というのが精いっぱい。
へそくりをお見舞いとして送りました。
もう一人の、次男駿の第二の両親とも祖父母ともいうような方々。
無事は確認できたけど、おじさんは胃がんなのです。
うちにSOSが来ました。
父がアパートを建ててたのでその部屋を借りたいと。
今被災者がいっぱい。わが市でも40組待ちだそうです。
石巻の方なので、まだ石巻はガス,水、電気すべてダメ。沢で洗たくしてると聞き不動産屋さんにお願いして部屋の契約ができました。
次の大学病院の通院に合わせて11日に引っ越してきます。
どれくらいのお世話ができるか分からないけどまったく知らないところよりはいいですよね。
我が家の息子たち。
次男の高校は、4月8日にスタディサポートがあり20日から始まります。
JRも今日から仙台まで運行されるようです。
そうそう、今日から塾が始まりました。
長男優は、塾講師のバイト辞めると言ってたけど春休み中は相変わらず行ってます。
(塾長さんから説得と引止め作戦の大接待があった模様です)
もう、20歳だし、ぐずぐず言わないのと、留年しなければ母はOKです。待遇改善を申し出るそうです。
あと午前中は、泥はきのボランティアに行ってます。
母である私は、母の施設に行ったり日常が普通に戻ってきました。
2,3日前から洗濯物を外に干すようになりました。
まだまだ原発は怖いけどちょっと大気中の放射線は落ち着いてきたようなので。
お布団も干しましたよ。
スーパーは、5時50分入場可6時閉店で早く閉まるけど、品数は増えてきました。
地震から3週間後の優駿家はこんな感じです。