今と昔の「真面目」「安定」〜其の2〜
はい、続きです!まずは前回途中で終わった「疑う心」からお話したいのですが、今日の他のテーマである今と昔の「真面目に働く」「安定が至高」に大きく関係してくる部分でもあるので一旦流れで書いてみます。前回の記事を呼んでない方はまずそちらからご覧ください!→今と昔の「真面目」「安定」〜其の1〜時代の変化と当たり前の変化時代は常に変化し形を変えるものです。ですので「昔からそう」「当たり前じゃん」全てがこれで解決するものではありません。特に誰しもが求める “ 安定した仕事 ” “ 安定した生活 ”これはその次代その次代によって変化する物です。まずここを過去と今で比較してみましょう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー❐ 高度経済成長期 ❐・就職に困らない ┗企業がどんな人材でも欲しがった・終身雇用制度があった ┗社員を最後まで面倒見れるぐらいの資金力があった・公務員はバカにされた。 ┗最終的な滑り止め扱いだった⦿ つまり?・ある程度の規模の会社に入れば一生安泰・世の中は「使う人間」と「使われる人間」のバランスが取れていて どちらにいても不満は少なかった。真面目に働く=安定した仕事、安定した生活ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー❐ 現在 ❐・就職に困る ┗企業は人件費削減の為少人数の能力のある人材しか取らない。・全体的に雇用レベルが下がった ┗企業に資金力がなくなった。「リストラ」「企業倒産」などなど・公務員こそが至高 ┗民間企業のようなリスクのない国の事業体しか安心できない⦿ つまり?・大手に就職しても企業、個人共に資金、給料、時間 などに不安を持っている・世の中の「使う人間」「使われる人間」のバランスが崩壊し、 天と地の格差が大きくなった。真面目に働く=安定しない仕事、安定しない生活ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれが現実なんです。その当たり前って正しいの?人の「当たり前」というモノの認識は幼少期の頃から小学校低学年で形成されていきます。その中で日常生活や人としてという部分の当たり前を両親や先生信頼できる大人から学ぶのは正しいことです。しかしあなたがある一定の年齢を超えた段階からその「当たり前」や「正しい選択」を決める権利はあなたに完全に委ねられます。大人になってからこんな経験ある方いるんじゃないでしょうか?18歳僕「車ローンで買いたいから保証人になって」親 「どうせ払えないからダメ」18歳僕「・・・・( ゚д゚ )」20歳僕「力つけたしそろそろ独立する!」祖父 「やめたほうがいいよ!ちゃんとした会社で真面目に働くのが一番」20歳僕「・・・( ゚д゚ )」24歳僕「なんかネット上でできるビジネスってのに誘われたんだけど」47歳上司「あーネズミ講ね、ヤメなそんなの上の人間だけだから」24歳僕「・・・( ゚д゚ )」 くだらないこともありますね。あ、これ私の経験です 笑因みに( ゚д゚ )なっている時は「何故そう言い切れるの!?」と思っている顔です。因みに✕2、当時の私はこの全てを裏切って行動し全て彼らの思ったこととは正反対の結果を出しました。疑う心、それは時代と共に全ては変化する。それ故に、古き時代を生きてきた人間の教えは今の時代全てに通用しない。“昔の人は全て正しい”と思い込む事自体が間違いである。あなたが見て知った事ピースとし、あなたの知っている事でのみであなた独自のパズルの完成させる事周りの言うことを考える事もせず鵜呑みにするのは頭が悪すぎます。私は大衆と言われる一般の消費者達は馬鹿だと思っています。言い方はかなり悪いですが残念ながらこの言葉が一番適切です。実業家やカリスマ、時代を作った人。大勢をまとめた人これらの人間を人は成功者と呼びます。その成功者は誰もが一度はこのようなことを言います。・商売はいかに人を集めらるか!・民衆がものを考えないということは支配者にとっては実に幸運なことだ・天才のひらめきは凡人の一生に勝る何かしら聞いたことあると思いますが「消費者」という枠から外れた人間は、消費者、大衆 = 頭が悪いと取れるような意味合いの言葉を多く残しています。世の中は太古より「支配する者」と「支配される者」でしかないのです。あなたはどちら?これを聞いて残る人生を大衆のまま終わりたいと考える人は少ないはずです。そうなりたくない!! だから考える。すべての事柄に対して【何故そうなのか?】と思考を巡らせて下さい。脳は使わないと領域が狭くなります。狭くなると考える事そのものが出来なくなります。それは廃人です。“脱”大衆は不可能となります。物事を疑い 考え 自分で決める それが「疑う心」の真意です。ではまたお会いしましょう。