ララが小さな骨壺におさめられて帰宅して
あれから2週間が過ぎました。
次の日からアタシは休みなく働いていて。
泣く暇もないくらい忙しくしてます。
翌週、小春と佐助が具合悪くなって、
小町が手術して。
また後日アップしますが、銀様も大変なことに。
でも
ららちゃん、
仕事の合間に誰もいないとこで
ママが泣いてるのを見てるんでしょ?
一緒にお仕事行ったこともあったもんね。
何度もあったもんね。
ららは
生後2か月で出会って
5ヶ月になるまで何度も死にかけて。
だから毎日一緒に過ごしたね。
決まった時間になれば、電車の中でも点滴して。
ある朝、ららちゃんは冷たくなって呼吸もしてなくって。
あの日と同じように、ママはドライヤーで温めながら
ららちゃんの小さな体をさすって
ニュートリをむりやり歯茎に塗りこんで
心臓マッサージをしながら
タクシーに乗り込んで。
獣医師がうってくれた静脈注射で
20分後にゆっくりと息を吹き返したららちゃん。
次の日に迎えた新しい朝のこと
ちゃんと覚えているよ
それから2か月たって
ららちゃんに家族が見つかって。
喜んだのもつかの間、
腕を骨折した、生後8か月のららちゃんが
何人かの飼い主さんをめぐって
アタシのもとへきてくれた。
あの時850gだったららちゃん。
ららを大きくしなくちゃって、
ららが食べる喜びを覚えるようにって
ママはいろんなものを
いろいろ工夫して食べさせて。
いっぱい食べてMAXで1.3kgくらいまでになったけど
いつも野ねずみみたいだね、って言われてて。
銀ちゃんにも負けないくらい食べるようになって。
ららちゃんの
あの
「もっとちょうだい!!」
って言っているようなワンワンという声が
こんな風に簡単に思い出になるなんて
ららちゃんの名前は
最初にららちゃんのパパとママになった方がつけました
その名前を付けた時は
ずっと
ずっとららちゃんと暮らしていくはずだったのよ。
だからアタシはそのまんまにした
いつか
もしも
「ララを返してください」
って言われても
ちゃんと返せるようにって
あの日
病院に運ばれたときは意識不明だったららが
1時間半後に見せてくれたお顔
本当に
本当に可愛いね
ママは
このお顔を見て
少しだけ安心してお家に帰ったのよ
眠れるはずもない時間が過ぎて
あのまま
面会時間になるまで
電話がかかってこなければよかったのに
午前8時を少し回ったころに
「危篤です」の電話が入って
震える手で運転をして。
待っててくれたもんね
ららちゃんの小さな体に
たくさんの管がつけられていて
ママの大きな声に
一度だけゆっくりとうなずいたように見えた
しばらくして人工呼吸器がつけられて
それから少しして
看護師さんが心臓マッサージを始めて
ららちゃんの心臓が2度目に還ってきたとき
ママの腕の中で逝かせる決心をして
ららちゃんを抱いた
小さな
小さなららちゃんの心臓がゆっくりと止まるまで
「らぴ」って何度も呼んだね
ららちゃんはららちゃんだけど
もう
どのくらい前からか
パパとママとバァバからは「らぴ」って呼ばれてたから
ほんとうは2日後に火葬する予定だったのですが
あっちゃんが「あと1日だけ」と言ったので木曜日になりました。
ららが息を引き取ったとき
あっちゃんは仕事に行っていて。
帰宅してから
ららの亡骸に心臓マッサージをしていて。
・・・・・・・・・
体は小さかったけれど
存在感が大きすぎました
小さいころの投薬も、ららの命を縮めたかもしれません
でもあの時治療をしていなかったら、もういなかった命かもしれません
らら
あなたと過ごした毎日、決して忘れないよ
ありがとう
LaLa
2005.4.24~2012.10.15
肝不全にて死去
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